ホールディングス(HD)体制にすると、社員の所属も考え直すことになります。「管理部門の社員をHDに集めたい」「事業会社の幹部を新会社に移したい」「グループで給与や退職金の制度をそろえたい」——HD化の後に、こうした人事のご相談が増えてきます。
グループ内の人の動かし方には、出向・転籍・兼務の3つがあり、それぞれ労働法の手続きも、法人税・消費税の扱いも違います。設計を誤ると、寄附金とされたり、社員とのトラブルになったりします。この記事では、HDグループの人事の基本を、税務と労務の両面から整理します。HD化そのものを社員にどう説明するかはHD化を従業員にどう説明する?で解説しています。
- グループ内の人の動かし方は出向(在籍したまま)・転籍(籍を移す)・兼務(両社と契約)の3つ
- 出向先が払う給与負担金は、出向先の給与として扱われる(法人税基本通達9-2-45)。消費税は不課税(消費税法基本通達5-5-10)
- 給与の差を出向元が埋める較差補塡は出向元の損金(同9-2-47)。退職金は出向期間に応じた負担をあらかじめ決めておく
- 転籍は本人の同意が必要。退職金を通算するなら、各社の負担割合を明確にしないと寄附金になりうる(同9-2-52)
- 給与体系の統一で条件を下げる場合は、就業規則の変更の合理性(労働契約法10条)が問われる。段階的に移行する
- 銀行には、人件費をどの会社が負担し、どう回収しているかを説明できるようにする
グループ内の人の動かし方:出向・転籍・兼務
HDグループで人を動かすときの基本の形は、次の3つです。
| 項目 | 在籍出向 | 転籍 | 兼務(両社と契約) |
|---|---|---|---|
| 元の会社との労働契約 | 続く | 終了する | 続く |
| 新しい会社との関係 | 指揮命令を受けて働く | 新たに労働契約を結ぶ | 新たに労働契約を結ぶ |
| 本人の同意 | 就業規則などに根拠があり、権利濫用でなければ命令できる | 個別の同意が必要 | 個別の同意が必要 |
| 給与の支払い | 多くは出向元が払い、出向先が負担金を払う | 新しい会社が払う | それぞれの会社が払う |
| 退職金 | 出向期間の分を出向先が負担する取り決めが多い | 通算するか、元の会社で精算する | 各社の規程による |
| 向く場面 | HDの管理部門、期間を区切った応援 | 新会社への恒久的な移籍 | HDと事業会社の両方の仕事がある幹部 |
中小企業のHDでは、HDの社員はオーナーと少数の管理部門だけ、という形がよくあります。この場合、事業会社の経理・総務の社員をHDに出向させるか、HDに転籍させるかを選ぶことになります。
出向の税務:給与負担金・較差補塡・退職金
給与負担金は「出向先の給与」
出向者の給与を出向元が払い、出向先が自分の負担すべき給与に相当する額を出向元に支払った場合、その負担金は出向先がその出向者に払った給与として扱われます(法人税基本通達9-2-45)。HDが経営指導料などの名目で払っていても、実質が給与負担金であれば同じです(同通達の注1)。
逆に、HDで働いているのに事業会社が給与を全額負担し、HDが何も払わないと、事業会社からHDへの経済的利益の供与となります。100%グループの中では、寄附金は全額損金不算入、受け取った側の受贈益は益金不算入です(法人税法37条2項、25条の2)。税額への影響が小さく見えても、税務調査では指摘されやすい点です(グループ法人税制とは)。
HDが事業会社から経営指導料を受け取っている場合は、HDの人件費が経営指導料の算定の基礎になります。出向者の人件費をHDと事業会社のどちらが負担しているかを整理しておかないと、経営指導料の金額の根拠も説明できなくなります(HDが子会社から受け取る経営指導料の決め方)。
出向者が出向先の役員になる場合
事業会社の幹部をHDの取締役として出向させる場合、HDが支払う給与負担金を役員給与として損金に算入するには、次の両方が必要です(法人税基本通達9-2-46)。
- その役員の給与負担金の額について、HDの株主総会などの決議があること
- 出向契約などで、出向期間と給与負担金の額があらかじめ定められていること
この場合、定期同額給与・事前確定届出給与(法人税法34条1項)の判定は、HDが支払う負担金で行います。出向元が支給する給与の額を超えて負担した部分は、給与負担金としての性格がないとされる点にも注意します(同通達の注2)。オーナーや後継者がHDと事業会社の両方の役員になる場合の報酬の分け方は、HD化後のオーナーの役員報酬と後継者のポジションの作り方をご覧ください。
較差補塡と退職金の負担
出向先の給与水準が低く、出向元がその差を埋めるために出向者に支給する給与(較差補塡)は、出向元の損金になります(法人税基本通達9-2-47)。HDの給与規程が事業会社より低い場合などに使われます。
退職金については、出向先が出向期間に対応する退職金の額を、あらかじめ定めた負担区分に基づいて定期的に出向元に払っている場合、その支払額は出向先の損金になります(同9-2-48)。出向者が退職したときに、出向期間に係る部分をまとめて払う方法もあります(同9-2-49)。出向先が負担しないことに相当な理由があれば、負担しない取り扱いも認められます(同9-2-50)。いずれにしても、出向契約で負担の方法を決めておくことが前提です。
消費税:給与負担金は不課税、業務委託料は課税
出向先が出向元に支払う給与負担金は、出向者の労務の対価ではなく、出向先が負担すべき給与に相当するものなので、消費税の課税対象になりません(消費税法基本通達5-5-10、国税庁 質疑応答事例「給与負担金」)。一方、出向ではなく、事業会社がHDから業務委託や経営指導の対価として払う金額は、役務の提供の対価として課税されます。同じ「人件費の付け替え」でも、契約の形で消費税の扱いが変わるため、名目と実態をそろえておきます(組織再編と消費税)。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る転籍と会社分割:籍を移すときの注意
転籍には本人の同意が必要
転籍は、元の会社との労働契約を終了させ、新しい会社と契約を結び直すものです。民法625条1項は「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない」と定めており、転籍には本人の個別の同意が必要と考えられています。就業規則に「グループ会社への転籍を命じることがある」と書いてあるだけでは足りないと考えておくのが安全です。
出向であれば、就業規則や労働協約に根拠があり、出向命令が権利の濫用に当たらなければ、個別の同意がなくても命じられる場合があります(労働契約法14条)。最高裁は、就業規則と労働協約に社外勤務の定めがあり、出向期間や処遇などに出向者の利益に配慮した規定が整っていた事案で、個別の同意なしにした在籍出向命令を有効としました(最高裁第二小法廷平成15年4月18日判決、平成11年(受)第805号、裁判所 裁判例検索)。HD化を機に出向を使うなら、就業規則の社外勤務の規定を見直しておきます。
転籍者の退職金を通算する場合
転籍の前後で在職年数を通算して退職金を払う場合、転籍前と転籍後の会社がそれぞれ払った退職金は、それぞれの会社の退職給与になります(法人税基本通達9-2-52)。ただし、在職期間などから見て、明らかに相手の会社が払うべき退職金を負担したと認められる部分は、相手方への贈与とされます(同通達ただし書き)。100%グループの中であれば、寄附金として全額損金不算入です。転籍のときに、各社の在職期間に応じた負担の割合を決めて、記録しておきます。
会社分割で社員ごと移す場合
事業ごと別会社に移す会社分割では、分割契約や分割計画に定めた労働契約が、新しい会社に承継されます。この場合は「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」の手続きにより、対象の社員や労働組合への通知などを、株主総会の2週間前の日の前日までに行う必要があります(同法2条)。転籍のように一人ずつ同意をとる手続きとは異なりますが、社員との協議の手続きも定められています。会社分割でHD体制にする方法は会社分割でHD体制にする方法をご覧ください。
なお、組織再編と同時に従業員を転籍させ、事業を別会社に移すような組み方は、税務上の否認の判断材料になったこともあります。完全子会社の適格合併と同じ日に新会社を設立し、旧子会社の従業員を転籍させて事業を引き継がせた事案で、欠損金の引継ぎが否認されています(TPR事件、東京高裁令和元年12月11日判決、税務訴訟資料 順号13354)。人事の異動は、事業上の理由と一体で設計することが大切です(HDの解消の方法と税金)。
給与体系・人事制度の統一
統一するメリットと難しさ
HDグループでは、会社ごとに給与規程や退職金規程がばらばらなことがよくあります。M&Aで買った会社が加わると、なおさらです。統一すると、グループ内の異動がしやすくなり、評価の基準もそろいます。一方で、条件のよい会社に合わせれば人件費が増え、低い会社に合わせれば不利益変更の問題が出ます。
| 統一の方法 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 高い水準に合わせる | 全社の条件を上げてそろえる | 人件費の増加。グループの利益計画に織り込む |
| 低い水準に合わせる | 条件のよい会社を下げてそろえる | 就業規則の不利益変更の合理性(労働契約法10条) |
| 新制度に段階移行 | 新しい等級・評価制度を作り、調整給で差を埋めながら移行する | 調整給の期間と縮小の方法を事前に説明する |
| 会社ごとに残す | 制度は分けたまま、異動時のルールだけ決める | 異動のたびに較差補塡などの調整が必要 |
就業規則の変更で条件を下げるとき
就業規則を変えて労働条件を変更する場合、変更後の就業規則を社員に周知し、その変更が、社員の受ける不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合などとの交渉の状況などに照らして合理的であることが必要です(労働契約法10条)。HD化やグループの統一という理由だけで、ただちに合理性が認められるわけではありません。経過措置、調整給、説明会の記録などを用意し、段階的に移行するのが現実的です。
社会保険や雇用保険を出向元・出向先のどちらで適用するかは、給与の支払いや使用関係の実態によって判断されます。出向や転籍を始める前に、年金事務所やハローワークに確認しておきます。
銀行から見たグループの人件費
銀行はHDグループを連結して見るので、グループ内で人件費を付け替えても、グループ全体の利益は変わりません。ただ、単体の決算書では、HDに人件費が集まると、HDは経営指導料や給与負担金で回収しない限り赤字になり、事業会社は利益が増えて見えます。
融資の審査では、次の点を説明できるようにしておきます(HD化すると銀行の見方はどう変わる?)。
- 人件費の負担の流れ:HDの人件費を、経営指導料や給与負担金でどのように回収しているか
- 単体の収益の安定性:HDが借入をしている場合、返済原資が配当だけに頼っていないか
- 人件費の総額の推移:給与体系の統一などで、グループの人件費がどれだけ増えるか
著書のモデルでは、債務償還年数を(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で見ます。人件費の付け替えで会社ごとの経常利益が大きく動くと、借入をしている会社の債務償還年数も変わります。どの会社で借入をするかと、どの会社に人件費を置くかは、あわせて設計しておくとよいでしょう(HDの経営管理)。
まとめ
- グループ内の人事は出向・転籍・兼務の3つ。籍を残すか、移すかで手続きと税務が変わる
- 出向先が払う給与負担金は出向先の給与(法人税基本通達9-2-45)。役員の場合は総会の決議と出向契約での事前の取り決めが必要(同9-2-46)
- 給与負担金は消費税不課税、業務委託料・経営指導料は課税
- 較差補塡は出向元の損金。退職金は出向期間に応じた負担を出向契約で決める
- 転籍は本人の同意が必要。退職金を通算するなら負担割合を明確にし、寄附金とされないようにする
- 給与体系の統一で条件を下げる場合は、労働契約法10条の合理性を意識して段階的に
- 銀行には、人件費をどの会社が負担し、どう回収しているかを説明できるようにする
クレフティの事業承継・M&A支援では、HDグループの体制づくりにあわせて、出向・転籍の税務、経営指導料の設計、金融機関への説明までご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
