ホールディングス(HD)を作ったあと、多くのオーナーが迷うのが「自分の役員報酬は、HDと事業会社のどちらから受け取るのか」です。HDの社長になったのだからHDから、と考える方もいれば、稼いでいるのは事業会社だから事業会社から、と考える方もいます。
結論からいえば、報酬はその会社で実際に担っている職務の対価として決めるものです。そのうえで、HDの収入源、社会保険、事業会社の株価、銀行の見え方を合わせて設計します。この記事では、その考え方と、実務で間違えやすい点を整理します。
- 役員報酬は「どちらが払いやすいか」ではなく、それぞれの会社での職務の対価として決める
- HDから払うなら、HDに経営管理の実態と経営指導料などの収入が必要。配当だけが収入だと、報酬の損金が使われず赤字が残る
- 2社から受け取っても給与所得控除は1回。社会保険は二以上事業所勤務届で報酬を合算して計算する
- 定期同額給与の改定は期首から3か月以内が原則。HD化のタイミングと決算期をそろえる
- 銀行はグループ全体の利益と返済余力で見る。報酬の置き場所を変えても、グループの稼ぐ力は変わらない
役員報酬は「職務の対価」として決める
法人税では、役員に払う給与のうち、損金になるのは定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与に当たるものに限られます(法人税法34条1項)。さらに、職務の内容、会社の収益、使用人の給与、同業他社の水準などに照らして不相当に高額な部分は損金になりません(同条2項、法人税法施行令70条1号)。制度の概要は国税庁のタックスアンサーNo.5211 役員に対する給与にまとめられています。
ここで大事なのは、判断は会社ごとに行われるという点です。HDが払う報酬はHDでの職務、事業会社が払う報酬は事業会社での職務に照らして相当かどうかを見られます。HDに職員も事務所もなく、オーナーがHDで何をしているのか説明できない状態で、HDから高額の報酬を払うと、過大役員給与や、事業会社からHDへの資金の流れ(経営指導料)そのものを問題にされるおそれがあります。
3つのパターンの比較
| 項目 | 事業会社だけから | HDだけから | 両方から |
|---|---|---|---|
| 向いている場面 | オーナーがまだ事業会社の代表として現場を見ている | 事業会社の代表を後継者に譲り、HDでグループ全体を見ている | HDで全体を見つつ、事業会社でも取締役として職務がある |
| HDの収入源 | 不要 | 経営指導料・不動産賃料などが必要 | 職務の割合に応じて必要 |
| 事業会社の利益 | 報酬の分だけ減る | 経営指導料の分だけ減る | 両方の分だけ減る |
| 社会保険 | 1社で加入 | 1社で加入 | 二以上事業所勤務届で合算 |
| 注意点 | 勇退後も高い報酬が続くと分掌変更の退職金と矛盾 | HDの職務の実態と経営指導料の根拠 | 2社の職務の切り分けを説明できるか |
経営指導料の決め方と税務上の注意は、HDが子会社から受け取る経営指導料で詳しく扱っています。
配当だけでHDの報酬をまかなうと何が起きるか
HDが100%子会社から受け取る配当は、配当の計算期間を通じて完全支配関係があれば全額が益金不算入です(法人税法23条1項・4項、同法施行令22条の2)。資金はHDに移りますが、HDの所得はほぼゼロです。
そこでHDがオーナーに年1,200万円の報酬を払うと、HDは損金1,200万円だけを計上して赤字になり、その赤字は欠損金としてHDに残るだけです。一方で事業会社では、配当は損金にならないので、元の利益に法人税がかかったままです。グループ全体で見ると、同じ1,200万円を事業会社から直接報酬として払った場合より、法人税の負担が重くなります。
この形になっているHDは少なくありません。HDに経営企画・経理・人事などの実際の機能を持たせ、その対価として経営指導料を受け取る、HDが不動産を持って事業会社に貸す、といった課税される収入とセットで考える必要があります。
税金と社会保険の実務
給与所得控除は1回だけ
「2社から受け取れば給与所得控除が2回使える」という誤解をよく耳にしますが、給与所得控除は1年間の給与の合計額に対して1回だけ計算します。年末調整を受けられるのは「給与所得者の扶養控除等申告書」を出した1か所だけで、もう1社からの給与は源泉徴収の税額表の乙欄で天引きされ、確定申告で合算して精算します。報酬を分けても、個人の所得税・住民税は基本的に変わりません。
社会保険は報酬を合算する
2社以上で役員報酬を受け取り、それぞれで社会保険の加入要件を満たす場合、本人がどちらかの事業所を選び、事実発生から10日以内に「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を出します。標準報酬月額は各社の報酬を合算して決まり、保険料は各社の報酬の割合で按分します(日本年金機構:複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き)。新しく作ったHDで報酬を払い始めるときも、HDの新規適用の手続きが必要です(日本年金機構のFAQ)。
報酬を分けて社会保険料を下げる、という発想は成り立ちません。合算されるためです。
改定のタイミングは決算期とそろえる
定期同額給与として損金にするには、報酬の改定は原則として事業年度開始の日から3か月以内に行います(法人税法施行令69条1項1号イ)。株式移転でHDを作った日と、事業会社の決算期がずれていると、「HDから払い始めたいが、事業会社の報酬を期中に下げると定期同額でなくなる」という問題が起きます。
HD化のスケジュールを組むときは、事業会社の定時株主総会での報酬改定と、HDでの報酬開始の時期を合わせておくのが安全です。期中に代表を退任するなど、職制上の地位の変更があった場合の改定は、臨時改定事由として認められる余地があります(同号ロ)。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る勇退・分掌変更との関係
HD化とあわせて、オーナーが事業会社の代表を後継者に譲り、自分はHDの社長としてグループ全体を見る形はよくあります(オーナーは事業会社の社長を退きHDの社長へ)。このとき事業会社から退職金を支給するなら、事業会社では実質的に退職したのと同様の事情が必要です。法人税基本通達9-2-32は、常勤から非常勤になったこと、報酬が激減した(おおむね50%以上減少した)ことなどを例に挙げています(タックスアンサーNo.5203)。
ここで報酬の置き場所が効いてきます。事業会社の報酬を大きく下げ、HDでの職務に見合う報酬をHDから受け取る形にすれば、事業会社での退職の実態と、生活に必要な収入の両方を説明しやすくなります。逆に、事業会社の代表を退いたのに報酬はそのまま、では退職金の損金算入を否認される典型になります。詳しくは分掌変更による退職金をご覧ください。
株価と銀行の見え方
事業会社の株価への影響
役員報酬は事業会社の利益を減らすので、類似業種比準価額の「利益」の要素に影響します。ただし、報酬をHDに移す(事業会社の報酬を減らし、経営指導料を払う)だけなら、事業会社の利益への影響は経営指導料の額しだいで、グループ全体の利益は変わりません。株価を下げる目的で報酬を動かすのではなく、職務と役割の整理の結果として株価が動く、と考えるべきです。
銀行はグループ全体で見る
HD体制になると、銀行はHDと事業会社をグループ全体で見ます。オーナーの報酬がどちらに計上されていても、グループの経常利益から引かれることに変わりはありません。
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。報酬を高くしすぎてグループの経常利益が薄くなれば、この年数は長くなります。HDが株式買取りの借入をしている場合は、事業会社からの配当や経営指導料が返済原資なので、報酬・経営指導料・配当の配分が返済計画と整合しているかを銀行は見ます。返済原資の考え方は配当で返済する融資の注意点で解説しています。
| 銀行が見る点 | 確認すること |
|---|---|
| グループの稼ぐ力 | 報酬を払った後の連結ベースの経常利益 |
| HDの返済原資 | 配当・経営指導料・賃料で、借入の返済と報酬をまかなえるか |
| 経営指導料の根拠 | 契約書、業務の中身、金額の算定方法 |
| オーナーの役割 | 代表退任後も実質的に経営判断をしているのは誰か |
まとめ
- 役員報酬は、HDと事業会社それぞれの職務の対価として決める。損金になるかは会社ごとに判断される
- HDから払うなら、HDに経営管理の実態と、経営指導料など課税される収入が必要。配当だけでは赤字が残る
- 2社から受け取っても給与所得控除は1回、社会保険は合算。分けることで個人の負担が下がるわけではない
- 改定は期首から3か月以内が原則。HD化と決算期のスケジュールをそろえる
- 事業会社の代表を退いて退職金を受けるなら、事業会社の報酬は大きく下げ、HDでの報酬に切り替える
報酬の配分は、退職金、株価、HDの返済計画と一体で決めるものです。オーナーの報酬を事業会社の利益計画の中でどう位置づけるかは、オーナー報酬の正常化も参考にしてください。
