会社を後継者に引き継ぐとき、オーナーが会社から資金を受け取る方法は大きく2つあります。役員退職金を受け取る方法と、ホールディングス(HD)に株式を売る方法です。
「退職金は税金が軽い」「株式売却は20%で済む」と、それぞれの良い面だけが語られがちですが、比べるべきなのはオーナーの税金だけではありません。会社の損金になるか、事業会社の財務がどうなるか、誰がどうやって資金を用意するかで、承継後の会社の姿が変わります。この記事では、両者を同じ条件で比べ、組み合わせ方まで整理します。
- 退職金は退職所得として、控除と2分の1課税で軽く課税される。会社では相当な金額まで損金になるが、事業会社の現預金と純資産が一度に減る
- HDへの株式売却は譲渡所得として20.315%。事業会社の財務はそのままだが、HDが借入をして配当で返済する
- オーナーの実効税率は、勤続が長く金額が中程度なら退職金が低いことが多く、金額が大きいと株式売却が低くなりうる
- 会社の資金の面では、退職金は税引前の資金、株式売却の返済は税引後の配当が原資になる
- 実務では、相当な額の退職金+株式売却の組み合わせを、受け取る総額と承継後の財務で比べて決める
2つの方法の全体像
HDへの株式売却では、誰がHDを設立するかを最初に決めます。後継者がHDを設立して買い取れば、株式と経営権は後継者に移り、オーナーは現金を得ます(詳しくは後継者が新会社(HD)を作って株式を買い取る)。オーナー自身のHDに売る場合は、オーナーは現金を得ますが、HDの株式は引き続きオーナーの財産です。
比較表
| 観点 | 退職金 | HDへの株式売却 |
|---|---|---|
| オーナーの所得の種類 | 退職所得(分離課税) | 株式の譲渡所得(分離課税) |
| オーナーの税率 | (退職金-退職所得控除)×2分の1に累進税率 | 売却益に20.315% |
| 会社の損金 | 相当な金額まで損金(法人税法34条2項) | 関係なし |
| 事業会社の財務 | 現預金と純資産が一度に減る | 売買時点では変わらない。配当の分だけ徐々に減る |
| 資金の用意 | 事業会社の手元資金・保険・借入 | HDの借入(返済は配当) |
| 否認のリスク | 実質的な退職でない、金額が過大 | 価格が時価から離れる(所得税法59条など) |
| 前提 | 役員を退任すること | 買い手のHDがあること |
オーナーの手取りを試算する
オーナーの税金を、同じ受取額で比べます。前提は、勤続30年、株式の取得費1,000万円、退職金は特定役員退職手当等に当たらない、という仮の条件です(復興特別所得税を含む概算。住民税は10%で計算)。
| 受取額 | 退職金の税額(実効税率) | 株式売却の税額(実効税率) |
|---|---|---|
| 5,000万円 | 約608万円(約12.2%) | 約813万円(約16.3%) |
| 1億円 | 約1,888万円(約18.9%) | 約1,828万円(約18.3%) |
| 3億円 | 約7,483万円(約24.9%) | 約5,891万円(約19.6%) |
退職金は、勤続30年なら退職所得控除額が800万円+70万円×10年=1,500万円で、残りを2分の1にして課税します(国税庁 No.1420)。金額が中程度までは株式売却より軽く、金額が大きくなると累進税率で重くなります。株式売却は売却益に一律20.315%です(国税庁 No.1463)。取得費が小さい会社ほど、売却益が大きくなります。
この比較はオーナー個人の税金だけの話です。どちらが有利かは、次の会社側の論点とあわせて判断します。より細かい分岐点の考え方は退職金と株式売却の税負担の分岐点でも解説しています。
会社の側から見た違い
退職金:税引前の資金で払えるが、財務は一度に傷む
退職金は、相当な金額まで事業会社の損金になります。会社にとっては法人税を払う前の利益から支払えるため、同じ金額をオーナーに渡すときの会社の負担は軽くなります。
一方で、退職金の期は利益が大きく減り、現預金と純資産も一度に減ります。著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金-現預金)÷(経常利益+減価償却費-法人税等)で、10年以内を健全な目安としていますが、退職金の期は分母の経常利益が落ち込みます。大きな退職金で会社の財務を傷めてから承継すると、後継者は自己資本の薄い会社を引き継ぐことになり、金融機関との関係で苦労しがちです。
退職金が損金として認められるには、実質的な退職と、相当な金額であることが必要です。東京地裁令和2年3月24日判決(税務訴訟資料270号順号13403)は、退任後に報酬をさかのぼって4倍に増額し、それを基礎に計算した退職金について、功績倍率法を使うのは不相当としました(国税庁 税務訴訟資料(PDF))。詳しくは役員退職金の適正額、勇退時の役員退職金を参照してください。
株式売却:事業会社の財務は守れるが、配当の負担が続く
株式売却では、事業会社の決算書は売買の時点では変わりません。後継者は健全な事業会社を引き継げます。その代わり、HDが借入をし、事業会社の税引後の利益から出す配当で返済します。グループ全体で見ると、借入が増え、返済が終わるまで配当の負担が続きます。
HDが事業会社の株式を配当の計算期間を通じて100%持っていれば、配当は全額が益金不算入です(法人税法23条)。ただし、買取りの直後の配当は全額にならないことがあり、時期の設計が必要です。返済の組み立てはHDが株式を買い取る資金の融資で解説します。
価格の注意点
オーナーがHDに売る価格は、売り手の立場で判定した税務上の時価が基準です(所得税法59条、所得税基本通達59-6)。最高裁令和2年3月24日第三小法廷判決(平成30年(行ヒ)第422号)は、譲受人の立場を理由に配当還元価額で評価した原審を破棄しています(裁判所 裁判例情報)。オーナーが中心的な同族株主なら、相続税評価より高い価格が基準になりやすい点に注意します。
なお、HDではなく事業会社自身に株式を買い取らせると、オーナーの税金は譲渡所得ではなくみなし配当(総合課税)になりやすく、税負担が大きく変わります。違いはHDへの株式売却とみなし配当・譲渡所得の違いで解説します。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る組み合わせ方
実務では、どちらか一方ではなく、次のように組み合わせることが多くあります。
- 事業会社の役員を退任し、相当な金額の退職金を受け取る(会社の損金になり、オーナーは軽い課税)
- 退職金で事業会社の株価が下がった後、株式をHDに売る(HDの買取資金が少なくて済む)
- HDは借入で買い取り、事業会社の配当で返済する
ただし、退職金で株価が下がれば、オーナーが株式売却で受け取る金額も減ります。判断の基準は、オーナーが受け取る総額(退職金+売却代金)の手取りと、承継後の事業会社とHDの財務の2つです。退職金を大きくしすぎると事業会社が傷み、株式売却の比率を高めるとHDの借入と配当の負担が重くなります。その間のバランスを、金融機関の評価も含めて試算します。
| 確認すること | 内容 |
|---|---|
| オーナーの必要資金 | 引退後の生活資金、相続税の納税資金、後継者以外の子どもへの配分 |
| 事業会社の体力 | 退職金を払った後の自己資本比率・現預金・債務償還年数 |
| HDの返済力 | 配当で返済できる年数と、事業会社の配当性向 |
| 税務の要件 | 実質的な退職、退職金の相当性、売買価格の時価 |
| 株式の行き先 | 売却後の株式を誰が持つか(後継者のHDか、オーナーのHDか) |
株式の譲渡の税金全般は個人株主の株式譲渡の税金も参考にしてください。
まとめ
- 退職金は軽い課税と会社の損金が利点。ただし事業会社の財務が一度に傷み、実質的な退職と相当な金額が条件
- HDへの株式売却は20.315%で、事業会社の財務は守れる。ただしHDの借入と配当の負担が続く
- オーナーの実効税率は、金額と勤続年数で逆転する。必ず両方を試算する
- 会社の資金の面では、退職金は税引前、株式売却の返済は税引後の配当が原資
- 相当な退職金+株式売却の組み合わせを、受け取る総額と承継後の財務で比べて決める
