事業承継の場面でよく使われるのが、後継者やオーナーが作ったホールディングス(HD)が、銀行から借りた資金で事業会社の株式を買い取る方法です。オーナーは株式を現金に替えられ、後継者は自己資金なしで会社の支配権を得られます。HDの借入は、事業会社からの配当で返していきます。
ただし、この方法は「事業会社が何年にもわたって配当を出し続けられること」が前提です。この記事では、仕組み、税金、借入額の決め方、使える制度、銀行の見方を整理します。
- HDが借りて株式を買い、事業会社の配当で返す。HDの返済力=事業会社の配当余力
- 100%子会社からの配当は、計算期間を通じた完全支配関係があれば全額益金不算入(法人税法23条)
- オーナーの譲渡益には20.315%の分離課税。安すぎる価格は所得税法59条で時価課税
- 借入額は「毎年出せる配当×返済期間」から逆算する。事業会社自身の返済も忘れない
- 公庫の事業承継・集約・活性化支援資金は、株式を取得する持株会社を利率引下げの対象としている
HDによる株式買取の仕組み
HDの作り手には、後継者が作る型とオーナー本人が作る型があります。後継者が作ったHDが買い取れば、事業会社株式はオーナーの相続財産から外れ、代わりに現金が残ります。後継者側の進め方は後継者が新会社(HD)を作って株式を買い取るで、オーナーのExitとしての比較はHDへの株式売却と退職金の比較で解説しています。
関わる税金
| 当事者 | 税金 | 根拠 |
|---|---|---|
| オーナー(売り手) | 譲渡益に所得税15.315%・住民税5%(合計20.315%)の分離課税 | 租税特別措置法37条の10 |
| オーナー(売り手) | 時価の2分の1未満で売ると、時価で譲渡したものとみなされる | 所得税法59条1項2号、同施行令169条 |
| HD | 受け取る配当は、区分に応じて益金不算入 | 法人税法23条 |
| 事業会社 | 配当は税引後の利益から出す。損金にはならない | ― |
買取価格は「売り手の立場」の時価
個人が法人に売る場合の時価は、所得税基本通達59-6により、財産評価基本通達をもとに、売り手の立場で判定します。オーナーが中心的な同族株主なら、会社を小会社として扱うなど、相続税評価より高い価格になりやすい点に注意します。安すぎれば譲渡所得の時価課税、高すぎればHDの側で過大な借入と、受贈益・寄附金の問題が生じます。価格は株価算定書で根拠を残します。
受取配当の益金不算入
HDが受け取る配当の扱いは、持株の割合で変わります(法人税法23条)。
| 区分 | 持株割合 | 益金不算入の額 |
|---|---|---|
| 完全子法人株式等 | 100%(計算期間を通じて完全支配関係) | 全額 |
| 関連法人株式等 | 3分の1超 | 配当から負債利子相当額を差し引いた額 |
| その他の株式等 | 5%超3分の1以下 | 50% |
| 非支配目的株式等 | 5%以下 | 20% |
関連法人株式等で差し引く負債利子は、原則として配当の4%相当額(その事業年度の支払利子の10%相当額が上限)です(法人税法23条、同施行令19条)。借入をしているHDでは影響が出るため、100%を持つ形にしておくのが基本です。
HDが株式を取得した直後の配当は、計算期間の途中から完全支配関係が始まるため、区分が変わることがあります。最初の配当の時期は、実行の前に顧問税理士と確認してください(詳しくはHDが子会社から受ける配当は非課税?)。
借入額と返済期間の決め方
借入額は、買取価格から決めるのではなく、事業会社が出せる配当から逆算します。次の数字は説明のための例です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 事業会社の税引後利益 | 年5,000万円 |
| 事業会社自身の借入の返済・設備投資に残す額 | 年2,000万円 |
| HDへの配当 | 年3,000万円 |
| HDの経費(役員報酬・管理費など) | 年300万円 |
| HDの返済に回せる額 | 年2,700万円 |
| 返済期間15年・金利2%の場合に返せる元本 | 約3.5億円 |
買取価格が5億円なら、残りはHDの自己資金や、オーナーへの分割払い、後継者の出資などで手当てすることになります。返済期間を長くすれば借りられる額は増えますが、事業会社の業績が15年、20年と続くかという問題が大きくなります。
使える融資制度
| 制度 | 内容 | 確認先 |
|---|---|---|
| 日本政策金融公庫 事業承継・集約・活性化支援資金(中小企業事業) | 直接貸付の限度額14億4千万円。「事業会社の株式や事業用資産を取得する持株会社など」を利率引下げの対象として明記。株式等の取得で担保を取らない場合の引下げもある | 公庫の制度ページ |
| 同(国民生活事業) | 別枠7,200万円 | 公庫の制度ページ |
| 信用保証協会 事業承継サポート保証 | 新設持株会社が事業会社の株式を取得する資金。限度額2億8,000万円。取扱いは協会ごとに確認 | 全国信用保証協会連合会 |
| 地銀のプロパー融資 | 例:関西みらい銀行は2026年10月、後継者が設立した持株会社の未上場株式取得資金を対象とする事業承継専用融資ファンドを開始 | りそなホールディングスのニュースリリース |
公庫の制度の詳細は日本政策金融公庫の事業承継の融資制度とHD、保証協会の制度は信用保証協会の事業承継特別保証と経営者保証で解説しています。
銀行が見るポイント
- 事業会社の収益の安定性:配当の原資となる利益が、返済期間を通じて続くか
- グループ全体の債務償還年数:著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金-現預金)÷(経常利益+減価償却費-法人税等)で、10年以内を健全としています。HDの借入を加えたグループ全体で計算します
- 買取価格の妥当性:株価算定の根拠。価格が高すぎれば、HDの借入が過大になる
- 配当できる体制:事業会社に分配可能額があるか、配当を出しても事業会社の財務が悪化しないか(配当で返済する融資の注意点)
- 保証と担保:事業会社の連帯保証、HDが持つ株式への質権(HDと子会社の連帯保証・担保)
なお、HDが持つ資産のほとんどが事業会社の株式になるため、HDの株式は相続税の評価で株式等保有特定会社(財産評価基本通達189)に当たりやすくなります。後継者がHDの株式を持つ型でも、将来の相続・贈与の評価は別途試算しておきます(株式保有特定会社に注意)。
まとめ
- HDの株式買取融資は、事業会社の配当で返す仕組み。返済力は配当余力で決まる
- HDは事業会社の株式を100%持ち、受取配当の全額益金不算入を確保する。最初の配当の時期に注意
- 買取価格は売り手の立場の時価(所得税基本通達59-6)を踏まえ、算定書で根拠を残す
- 借入額は配当から逆算し、グループ全体の債務償還年数で確認する
- 公庫・保証協会・地銀に、持株会社の株式取得を対象とする制度がある。条件は公式ページで確認する
