役員退職金を決めるとき、多くの会社が使うのが「最終月額報酬×勤続年数×功績倍率」という計算式です。では、功績倍率は何倍まで認められるのか。法令に答えは書かれていません。税務上は、同業で事業規模が似た法人と比べて「不相当に高額」かどうかで判断され、その判断の物差しは裁判例と裁決の積み重ねでつくられてきました。
この記事では、役員退職金の適正額の考え方を、法令の基準、3つの算定方法、裁判例・裁決の順に整理し、ホールディングス(HD)体制で退職金を払うときの注意点も加えます。
- 退職金は、業務に従事した期間、退職の事情、同業類似法人の支給状況などに照らして不相当に高額な部分が損金にならない(法人税法34条2項、同法施行令70条2号)
- 算定方法の中心は平均功績倍率法。最終月額報酬が実態を反映しない場合は1年当たり平均額法が使われる
- 東京高裁平成30年4月25日判決は、地裁が認めた「平均功績倍率の1.5倍まで」を否定し、平均を超える部分を過大とした
- 東京地裁令和2年3月24日判決は、退任後の報酬の遡及増額を基礎にした退職金を認めなかった
- 「社長は3倍」は法令の基準ではない。同業の水準・最終月額報酬の妥当性・功績の記録をそろえる
法令の基準:不相当に高額な部分は損金にならない
役員に支給する退職給与のうち、不相当に高額な部分の金額は損金に算入されません(法人税法34条2項)。どこからが不相当に高額かについて、法人税法施行令70条2号は、次の事情に照らして相当と認められる金額を超える部分としています。
- その役員が法人の業務に従事した期間
- その退職の事情
- その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況 など
つまり、基準は「自社の規程」ではなく、同業で規模が似た会社と比べてどうかです。退職金規程を整えることは大切ですが、規程の倍率が高ければ、その分は損金になりません。
3つの算定方法
裁判例・裁決で使われてきた算定方法は、主に次の3つです。
| 方法 | 計算 | 使われる場面 |
|---|---|---|
| 平均功績倍率法 | 最終月額報酬×勤続年数×同業類似法人の平均功績倍率 | 最も一般的。多くの裁判例で合理性が認められている |
| 1年当たり平均額法 | 同業類似法人の退職金を勤続年数で割った1年当たりの平均額×勤続年数 | 最終月額報酬が在職中の功績を適切に反映していない場合 |
| 最高功績倍率法 | 同業類似法人の最高の功績倍率を使う | 比較できる法人が少ない場合などに主張されるが、採用されにくい |
功績倍率法は、法人税基本通達9-2-27の3でも、役員の退職の直前に支給した給与の額を基礎に、業務に従事した期間と職責に応じた倍率を掛ける方法として定義されています(国税庁 法人税基本通達 第7款 退職給与)。
裁判例・裁決に見る判断
平均の1.5倍は認められなかった(東京地裁平成29年10月13日・東京高裁平成30年4月25日)
ミシン部品や金物の製造販売を営む会社が、死亡退職した代表取締役に役員退職給与4億2,000万円を支給した事案です。最終月額報酬は240万円、勤続年数は27年で、支給額から逆算した功績倍率は6.49でした。課税庁は同業類似法人5社を抽出し、平均功績倍率3.26で計算した2億1,124万8,000円を相当額としました。
| 東京地裁(平成29年10月13日) | 東京高裁(平成30年4月25日) | |
|---|---|---|
| 相当とした額 | 平均功績倍率3.26にその半数を加えた4.89倍で計算した3億1,687万2,000円まで | 平均功績倍率3.26倍で計算した2億1,124万8,000円まで |
| 結論 | 処分の一部を取消し | 国の控訴を認め、地裁が取り消した部分の請求を棄却 |
地裁は、平均功績倍率の1.5倍までは、特段の事情がない限り不相当に高額とはいえないという考え方を示しましたが、高裁はこれを採らず、平均功績倍率による金額を相当額としました。会社側は、最終月額報酬に賞与の月額相当額を加えた300万円で計算すべきとも主張しましたが、退けられています。高裁判決には上告・上告受理申立てがされています。出典:東京地裁判決(国税庁 税務訴訟資料 順号13076)、東京高裁判決(同 順号13149)
報酬の遡及増額は基礎にならない(東京地裁令和2年3月24日)
肉用牛の飼育などを営む会社が、退任した取締役に退任慰労金と特別功労金を支給した事案です。この取締役は長く月額25万円の報酬を受けていましたが、退任後に報酬がさかのぼって増額され、最終月額報酬は4倍の100万円とされました。会社は、この100万円に勤続25年と功績倍率8倍を掛けて退任慰労金を計算していました。
裁判所は、増額の合理的な理由を示す証拠がなく、最終月額報酬の100万円は退職金の算定根拠を整える目的で決められたものというほかないとして、功績倍率法によるのは不相当とし、1年当たり平均額法による相当額をもとに処分を適法としました(請求棄却・確定)。出典:国税庁 税務訴訟資料 順号13403(PDF)
比較法人は「実際に払った倍率」で見る(平成19年11月15日裁決)
国税不服審判所の平成19年11月15日裁決では、原処分庁が抽出した比較法人のうち1社について、規程上の倍率と実際の支給倍率が大きく食い違っていたことから、その1社を除いた3社の平均(約1.9倍)が相当とされました。会社は3.3〜3.6倍程度が相当と主張しましたが、認められていません(国税不服審判所 平成19年11月15日裁決)。
ほかの判例・裁決は役員退職金の金額が過大とされた判例でも紹介しています。
適正額を説明できるようにする準備
裁判例を踏まえると、退職金を決める前に、次の点をそろえておきます(数字は説明のための例です)。
| 項目 | 例 | 確認すること |
|---|---|---|
| 最終月額報酬 | 月額150万円 | 退職直前に不自然な増額をしていないか。逆に晩年に大きく下げていて、功績を反映していない場合は算定方法を検討する |
| 勤続年数 | 役員在任30年 | 役員就任前の使用人期間を含めるか、HD化の前後で通算するか |
| 功績倍率 | 規程では3.0倍 | 同業類似法人の水準と比べて説明できるか。平均を超えるなら、その役員の具体的な功績の記録があるか |
| 試算額 | 150万円×30年×3.0=1億3,500万円 | 同業の平均倍率が2.0倍なら、相当額は9,000万円と判断されるおそれがある |
| 手続き | 株主総会の決議、議事録 | 規程と決議の内容が一致しているか |
納税者は、課税庁が抽出するような同業類似法人のデータを持っていません。民間の調査資料を参考にしつつ、自社の業績、役員の貢献、在任中の出来事を具体的に記録しておくことが、平均を超える倍率を説明する材料になります。
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事業承継・M&A支援を見るHD体制で退職金を払うときの注意点
ホールディングス(HD)体制では、退職金を「どの会社から、どの期間について」払うかを整理しておく必要があります。
- 勤続年数の通算:株式移転でHDをつくっても、事業会社での在任期間はそのまま事業会社に残ります。事業会社から退職金を払う場合は、事業会社での在任期間が基礎です
- HDの役員としての退職金:HDでの在任期間は、HDの設立からの期間です。在任5年以下の部分の退職金は、受け取る側で2分の1課税が使えない特定役員退職手当等になります(国税庁 No.1420)
- 両社からの支給:事業会社とHDの両方から退職金を受ける場合は、会社ごとに相当性が判断されるほか、受け取る側でも勤続期間が重なる部分の控除が調整されることがあります(所得税法施行令70条)
- 実質的な退職:事業会社の役員を退いた後も、HDの社長として事業会社の経営に関わり続けると、退職金そのものが否認されるおそれがあります。詳しくは分掌変更による退職金を参照してください
退職金がHD株式の評価に与える影響は勇退時の役員退職金、不動産を持つ会社での退職金の考え方は不動産会社の役員退職金で解説しています。
まとめ
- 役員退職金の適正額は、同業類似法人の支給状況などに照らして判断される。自社の規程だけでは決まらない
- 中心は平均功績倍率法。最終月額報酬が実態に合わなければ1年当たり平均額法が使われる
- 東京高裁平成30年判決は平均の1.5倍を否定。平均を超えるなら具体的な功績の説明が要る
- 東京地裁令和2年判決は退任後の報酬の遡及増額を基礎にした退職金を認めなかった
- HD体制では、どの会社から、どの期間について払うかを整理し、受け取る側の課税も試算する
