オーナーの勇退と後継者

分掌変更による役員退職金は認められる?実質的な退職の要件と否認・容認の裁決

「社長は息子に譲り、自分は会長として残る。その機会に退職金を受け取りたい」。オーナーの勇退でよく検討されるのが、役員を続けたまま退職金を支給する分掌変更による退職金です。

役員としては在任し続けるため、本来は「退職」ではありません。それでも退職給与として扱えるのは、役員としての地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情がある場合に限られます。この記事では、法人税基本通達9-2-32の要件と、国税不服審判所の裁決で判断が分かれたポイント、ホールディングス(HD)体制での退任の形との違いを整理します。

この記事の結論
  • 分掌変更の退職金は、地位または職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があるときだけ認められる(法人税基本通達9-2-32)
  • 通達の例示は「常勤→非常勤」「取締役→監査役」「給与のおおむね50%以上の減少」。ただし経営上主要な地位を占める人は除かれる
  • 未払計上した退職金は、原則として対象にならない
  • 平成29年7月14日裁決は、給与が半額以下でも取締役会での代表者選定や設備投資の決定への関与から否認。肩書きと報酬より、仕事の中身で判断される
  • HD体制なら、事業会社の役員を完全に退任する形も選べる。その場合も、退任後に経営に従事しないことが前提

法人税基本通達9-2-32の要件

法人税基本通達9-2-32は、役員の分掌変更や改選による再任などの際に退職給与として支給した給与について、その分掌変更などで役員としての地位または職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合には、退職給与として取り扱うことができるとしています。そのうえで、例として次の3つを挙げています(国税庁 法人税基本通達 第7款 退職給与)。

例示内容除かれる人
(1)常勤役員が非常勤役員になったこと常時勤務していなくても代表権を有する者、代表権はなくても実質的に経営上主要な地位を占めている者
(2)取締役が監査役になったこと監査役でも実質的に経営上主要な地位を占めている者、使用人兼務役員になれない一定の大株主(法人税法施行令71条1項5号の要件をすべて満たす者)
(3)分掌変更などの後の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと分掌変更などの後も経営上主要な地位を占めていると認められる者

大切なのは、3つの例示が「例えば」であり、どれか1つを形式的に満たせばよいという基準ではないことです。どの例示にも「経営上主要な地位を占めている者は除く」という趣旨の限定がついています。結局は、分掌変更の後に会社の経営の中心から外れたかどうかが問われます。

また、通達の注書きは、退職給与として支給した給与には、原則として未払金等に計上した額は含まれないとしています。分掌変更の退職金は、実際に支払うことが前提です。

所得税でも、役員の分掌変更などにより職務の内容や地位が激変した者に対し、それまでの勤続期間に係る退職手当等として一時に支払われる給与は、退職手当等とする取扱いがあります(所得税基本通達30-2(3))。会社側の損金と個人側の退職所得は、同じ事実関係で判断されると考えておきます。

裁決で判断が分かれたポイント

否認された例:平成29年7月14日裁決

製鉄メーカーなどと原料の取引をする同族会社で、昭和41年から代表取締役社長を務めた役員が、病気の治療を契機に社長を辞任し、代表権のない取締役会長となりました。会社は臨時株主総会で退職慰労金の支給を決議し、取引先には社長交代の挨拶状を送っています。役員給与は半額以下に減額されていました。

それでも国税不服審判所は、次のような事実から、会長は分掌変更の後も経営上主要な地位を占めていたと判断し、退職給与に当たらないとしました(国税不服審判所 平成29年7月14日裁決)。

  • 取締役会に出席し、代表取締役の選定や役員給与の変更の決定に加わっていた
  • 取締役だけで構成する経営会議に出席し、設備の購入などの決定に関わっていた
  • 事業所の操業に影響する周辺住民とのトラブルの対応を担っていた
  • 本社と事業所の経費の領収書を多数確認し、サインをしていた
  • 取引先の幹部への接待を続け、従業員の解雇の決定にも加わっていた

この役員は、のちに代表取締役に復帰しています。肩書きと報酬は変わっても、仕事の中身が変わっていなかったことが決め手でした。

認められた例:令和2年12月15日裁決

不動産賃貸の同族会社で、代表取締役が代表取締役と取締役をいずれも辞任し、役員退職金規程に基づく7億2,500万円の退職慰労金が支給された事案です。原処分庁は、辞任後も経営に従事しているみなし役員だとして否認しましたが、国税不服審判所は、退任後に経営に関与したことを示す客観的な証拠がなく、退任後に役員給与や従業員給与も受けていないことなどから、退職給与として損金算入を認め、処分の全部を取り消しました(国税不服審判所 令和2年12月15日裁決)。

この事案は分掌変更ではなく完全な退任ですが、退任後の関わり方が証拠で判断される点は共通しています。ほかの判決・裁決は役員退職金が否認されるケースでも多数紹介しています。

HD体制での選択肢:分掌変更か、完全退任か

ホールディングス(HD)体制があると、オーナーの退き方の選択肢が広がります。

分掌変更と、HD体制での完全退任の比較
分掌変更(同じ会社に残る)
事業会社社長→会長(取締役のまま)
↓ 退職金
「激変」の立証が必要経営上主要な地位にないこと
HD体制での完全退任
事業会社役員を辞任
HD社長として残る
↓ 事業会社から退職金
事業会社の経営に従事しないことみなし役員に注意
どちらも、退任後の仕事の中身が判断の中心になる

事業会社の役員を完全に退任すれば、分掌変更の「激変」の立証は不要になります。オーナーはHDの社長として、株主の立場から事業会社に関わります。ただし、HDの社長として事業会社の取締役会や経営会議に出続け、事業会社の業務を指示していると、事業会社のみなし役員(法人税法施行令7条)と見られ、やはり退職金が否認されるおそれがあります。役割の分け方はオーナーは事業会社の社長を退きHDの社長へで解説しています。

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分掌変更の前に確認するチェックリスト

項目確認すること
権限の移譲財務・営業・人事・設備投資の決裁権限を、後継者などに書面で移したか
会議への関与取締役会・経営会議で、代表者の選定、役員報酬、多額の投資の決定に加わらない体制か
勤務の実態常勤から非常勤に変わったか。出社の頻度、執務室、名刺の肩書きはどうか
対外的な関係取引先・金融機関との交渉の窓口を後継者に移したか。挨拶状を出したか
報酬分掌変更後の報酬が、新しい職務に見合う水準まで下がっているか(おおむね50%以上の減少が目安の一つ)
支給株主総会の決議があるか。未払計上ではなく実際に支払うか
記録議事録、権限規程、業務の引継書など、後から説明できる資料を残しているか

実務の進め方は実質的な退職の実務でも整理しています。金額の相当性は別の論点なので、役員退職金の適正額もあわせて確認してください。

金融機関との関係

分掌変更の後も、金融機関との交渉をオーナーが担い続けると、税務上は「経営上主要な地位」の材料になりえます。一方で、承継の途中では、金融機関がオーナーの関与を望むこともあります。オーナーが関わるなら、HDの借入やグループ全体の説明に限るなど、事業会社の業務執行と切り分けた関わり方を事前に決め、金融機関にも伝えておきます。

まとめ

  • 分掌変更の退職金は、地位・職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があるときだけ認められる
  • 通達の3つの例示は「例えば」。どれも経営上主要な地位を占める人は除かれる
  • 未払計上は原則として対象外。実際に支払う
  • 裁決は、肩書きや報酬ではなく、取締役会・経営会議・決裁への関与など仕事の中身で判断している
  • HD体制なら事業会社の役員を完全に退任する形も選べる。その場合もみなし役員に注意し、記録を残す

よくある質問

役員報酬を半分以下にすれば、分掌変更の退職金は認められますか?
それだけでは認められません。法人税基本通達9-2-32は、給与がおおむね50%以上減少したことを例示していますが、分掌変更後も経営上主要な地位を占めている人は除かれています。平成29年7月14日の裁決では、給与が半額以下になっていても、会長として取締役会で代表取締役の選定や役員給与の決定に加わっていたことなどから、退職給与に当たらないとされました。
分掌変更の退職金を、資金がないので未払金にしておいてもよいですか?
原則として認められません。法人税基本通達9-2-32の注書きは、退職給与として支給した給与には、原則として法人が未払金等に計上した額は含まれないとしています。分掌変更の退職金は、実際に支払った金額を対象に考えるのが基本です。資金が足りない場合は、支給の時期と金額を見直すか、資金を手当てしてから支給します。
分掌変更が否認されると、どのような税金がかかりますか?
会社では、退職給与ではなく臨時の役員給与として扱われ、損金に算入されません。受け取った役員の側でも、退職所得ではなく給与所得(賞与)として課税されるため、退職所得控除や2分の1課税が使えず、源泉所得税の不足も生じます。会社と個人の両方で税負担が大きく増えるため、要件を満たすかどうかを支給前に確認します。

※本記事は2026年10月30日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。
※本記事の無断転載・複製、商用目的での利用はお断りします。引用の際は、出典(税理士法人クレフティ・記事URL)を明記してください。

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