「社長の座は息子に譲りたい。ただ、すぐに完全に手を引くのは不安だ」。オーナー経営者の勇退で、よく伺う本音です。その答えの一つが、事業会社の社長を後継者に譲り、オーナー自身はホールディングス(HD)の社長として残る形です。
この形には、承継を段階的に進められる良さがあります。一方で、事業会社から退職金を支給するなら「本当に退職したのか」が問われ、HDでの報酬の財源も考えなければなりません。この記事では、HDと事業会社の役割の分け方、退職金の税務、報酬、金融機関への説明を整理します。
- HDの社長は株主としての意思決定(役員の選任、グループの資本政策、M&A)を、事業会社の社長は日々の業務執行を担う、と分けて考える
- 事業会社から退職金を払うなら、事業会社の経営に従事しないことが前提。HD社長として事業会社の経営判断を続けると、みなし役員として否認されるおそれがある
- 裁決では、会長として取締役会で代表者の選定や設備投資の決定に関与していた事案が否認され(平成29年7月14日)、退任後の関与の証拠がない事案は認められた(令和2年12月15日)
- HDでの報酬の財源は、配当・経営指導料・賃料など。経営指導料は役務の実態に見合う額にする
- 金融機関には、代表者交代の前に体制と役割分担を説明する
HDの社長と事業会社の社長の役割
HD体制では、オーナーと後継者の役割を「株主の仕事」と「経営の仕事」に分けて考えると整理しやすくなります。
| 項目 | HD(社長:オーナー) | 事業会社(社長:後継者) |
|---|---|---|
| 主な役割 | グループの方針、資本政策、M&A、グループ会社の役員の選任 | 営業、製造、人事、日々の資金繰り、取引先との交渉 |
| 意思決定の場 | HDの取締役会、事業会社の株主総会(株主として議決権を行使) | 事業会社の取締役会・経営会議 |
| 報酬の財源 | HDの収入(配当・経営指導料・賃料など) | 事業会社の売上・利益 |
| 金融機関との関係 | HDの借入、グループ全体の説明 | 事業会社の運転資金・設備資金の借入 |
HDの社長は、事業会社の株主総会で議決権を行使し、事業会社の役員を選任・解任できます(会社法329条、339条)。つまり、事業会社の業務に直接口を出さなくても、株主として最終的なコントロールは保てます。後継者には事業会社の経営を任せ、オーナーは株主として見守る、という分担が基本形です。
後継者に任せる範囲や、取締役会の組み方は後継者のポジションづくりで詳しく解説します。
事業会社からの退職金と「みなし役員」
事業会社の社長を退任する機会に、事業会社から役員退職金を支給することがよくあります。退職金は事業会社の損金になり(不相当に高額な部分を除く。法人税法34条2項)、受け取るオーナーは退職所得として軽い課税で済みます。
ただし、退職金が退職給与として認められるには、実際に退職したことが前提です。気をつけたいのがみなし役員です。法人税法では、役員として登記されていなくても、使用人以外の者でその法人の経営に従事しているものは役員とみなされます(法人税法2条15号、同法施行令7条1号)。HDの社長として、事業会社の取締役会に毎回出席して方針を決めている、事業会社の決裁書にサインしている、といった実態があると、事業会社を退職していないと判断されるおそれがあります。
国税不服審判所の裁決を2つ紹介します。
| 裁決 | 事案 | 判断 |
|---|---|---|
| 平成29年7月14日裁決 | 代表取締役社長を辞任し、代表権のない取締役会長に。給与は半額以下に減額、取引先には挨拶状を送付 | 会長として取締役会で代表取締役の選定や役員給与の決定に加わり、経営会議で設備の購入を決め、経費の領収書を確認していたことなどから、経営上主要な地位にあったとして退職給与に当たらない |
| 令和2年12月15日裁決 | 不動産賃貸の同族会社で、代表取締役・取締役をいずれも辞任した元代表者に退職慰労金7億2,500万円 | 原処分庁は退任後もみなし役員として経営に従事したと主張したが、経営への関与を示す証拠が足りないとして、退職給与として損金算入を認め、処分を全部取り消し |
出典:国税不服審判所 平成29年7月14日裁決、令和2年12月15日裁決
平成29年の事案は、肩書きと報酬は変わっても、仕事の中身が変わっていなかったことが決め手でした。令和2年の事案は、役員を完全に辞任し、その後の関与を示す客観的な証拠がなかったことが認められた理由です。HD体制で退職金を支給するなら、事業会社の役員を辞任するだけでなく、事業会社の業務執行から実際に離れ、その記録を残すことが欠かせません。分掌変更の要件は分掌変更による退職金、退職金の金額と株価への影響は勇退時の役員退職金で解説します。
株主としての関与と、業務執行への関与の線引き
実務での線引きの目安は次のとおりです。
- 株主として問題になりにくい関与:事業会社の株主総会での議決権行使、事業会社の決算・事業計画の報告を受けること、グループ全体の方針をHDの取締役会で決めること
- 業務執行と見られやすい関与:事業会社の取締役会・経営会議への常時出席と決定への参加、事業会社の決裁書への押印、事業会社の取引先や金融機関との条件交渉、事業会社の従業員への日常的な指示
HDでの報酬と、その財源
オーナーがHDの社長として報酬を受けるには、HDに収入が必要です。純粋なHDの主な収入は次の3つです。
- 事業会社からの配当:完全子法人株式等の配当は全額が益金不算入(法人税法23条)。ただし、配当を出すと事業会社の純資産が減る
- 経営指導料:HDが事業会社に提供する経営管理などの役務の対価。実際の役務に見合わない金額だと、事業会社の側で寄附金とされるおそれがある
- 不動産の賃料:HDが不動産を持ち、事業会社に貸す場合
HDの報酬は、定期同額給与などの要件を満たせば損金になります(法人税法34条1項)。報酬の水準はHDでの職務内容に見合うものにします。HDと事業会社のどちらから報酬を受けるかはHD化後のオーナーの役員報酬、経営指導料の決め方はHDが子会社から受け取る経営指導料、会長職の報酬水準は会長の役員報酬の水準を参照してください。
金融機関への説明
代表者の交代は、金融機関にとって大きな出来事です。交代の後に知らせるのではなく、交代の前に、次の点を説明しておきます。
- 後継者の経歴と、事業会社の経営体制(誰がどの業務を担うか)
- HDと事業会社の役割分担と、オーナーの関わり方
- 経営者保証の扱い(後継者に引き継ぐのか、解除を求めるのか)
- 退職金を支給する場合の金額と資金の出どころ、決算への影響
事務所の支援事例では、本業と不動産業を営む経営者が、不動産業を息子に承継したいとご相談に来られました。当面は金融機関との折衝に本人も関わりつつ、経済面の相続は先に終えたいというご要望に対し、ホールディングス化による組織再編、種類株式の設計、定款の整備、株価算定、金融機関の紹介を行い、地方銀行から1.6億円を調達して事業承継を実現しました。誰がいつまで何を担うのかを、金融機関に見える形で示すことが、承継期の融資では大切です。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るまとめ
- HDの社長は株主としての意思決定、事業会社の社長は業務執行を担う、と分ける
- 事業会社から退職金を払うなら、事業会社の経営に従事しないことが前提。みなし役員(法人税法施行令7条)に注意する
- 裁決は、肩書きより仕事の中身で判断している。退任後の関わり方を決め、記録を残す
- HDでの報酬の財源は配当・経営指導料・賃料など。経営指導料は役務の実態に見合う額にする
- 代表者交代の前に、体制と役割分担を金融機関に説明する
