事業承継で後回しにされがちなのが、後継者にどの役職を、どの順番で任せるかという設計です。株式の移し方や税金の検討は進んでいても、「いつ社長を交代するか」「交代した後にオーナーはどう関わるか」が決まっていないと、承継の途中で社内も金融機関も混乱します。
ホールディングス(HD)体制は、この設計の選択肢を広げます。事業会社とHDという2つの会社があるため、後継者とオーナーの役割を段階的に入れ替えられるからです。この記事では、後継者のポジションを段階ごとに設計する考え方と、取締役会、オーナーの関与の仕方、名ばかりの役職のリスク、金融機関への見せ方を整理します。
- 後継者は事業会社の取締役→事業会社の社長→HDの役員・代表と段階的に進むのが一般的
- オーナーはHDの社長・株主として関与し、事業会社の業務執行からは離れる。最終的なコントロールは議決権や拒否権付株式で保つ
- 取締役会の構成と任期(非公開会社は最長10年)を、承継の時期に合わせて設計する
- 形だけの役職は、会社法上の責任があるうえ、税務では実態がないとして否認されうる(ヤフー事件・最高裁平成28年2月29日判決)
- 金融機関には、誰が事業会社の経営を担うのかと経営者保証の扱いを、交代の前に説明する
後継者のポジションを段階で設計する
HD体制での典型的な段階は次のとおりです。期間は会社の規模や後継者の経験で大きく変わるため、目安として見てください。
| 段階 | 後継者 | オーナー | 狙い |
|---|---|---|---|
| 1. 準備期 | 事業会社の部門責任者・取締役 | 事業会社の社長、HDの社長 | 現場と数字を学ぶ。社内外に後継者であることを示す |
| 2. 交代期 | 事業会社の社長(代表取締役) | 事業会社の役員を退任し、HDの社長に専念 | 取引先・従業員・金融機関との関係を後継者に移す |
| 3. 定着期 | 事業会社の社長、HDの取締役 | HDの社長(株主として関与) | 後継者がグループの方針づくりにも加わる |
| 4. 完了期 | HDの代表取締役 | HDの役員を退任、または相談役など | 株式と経営の両方の承継を終える |
交代期にオーナーが事業会社の役員から外れるのは、後継者が「本当の社長」として社内外に認められるためでもあり、事業会社から退職金を支給する場合の税務上の前提でもあります。オーナーの役割はオーナーは事業会社の社長を退きHDの社長へで詳しく解説しています。
取締役会と任期の設計
取締役会を置くか
非公開会社では、取締役会を置くかどうかを選べます(会社法326条2項)。取締役会を置くと、重要な財産の処分、多額の借財、重要な使用人の選任などは取締役会で決めることになり(会社法362条4項)、代表取締役も取締役会で選定します(会社法362条3項)。
後継者が社長になる段階で、事業会社に取締役会を置き、後継者を支える幹部を取締役に加えると、後継者一人に判断が集中するのを避けられます。一方で、取締役会にオーナーが残り、重要な決定を事実上オーナーが行っていると、後継者の権限は名目だけになり、オーナーの退職の実態も疑われます。
任期を承継の時期に合わせる
取締役の任期は原則2年ですが、非公開会社では定款で最長10年まで延ばせます(会社法332条1項・2項)。任期を長くすると改選の手間は減りますが、承継の途中で役員構成を変えたいときに、任期途中の解任(会社法339条)という強い手段が必要になることがあります。承継の段階を見越して、交代の予定時期に改選期が来るように任期を決めておくと、円滑に移行できます。
オーナーが関与し続ける方法
社長を譲った後も、オーナーが一定の関与を望むことは自然です。関与の方法は、業務執行ではなく株主の権利で設計します。
- HDの議決権:オーナーがHDの議決権の過半数を持てば、HDを通じて事業会社の役員の選任・解任を決められる(会社法329条、339条)
- 拒否権付株式(黄金株):株式の大半を後継者に移した後も、オーナーが拒否権付株式を持てば、定款で定めた事項(役員の選解任、合併・会社分割、重要な財産の処分など)について株主総会の決議に加えて種類株主総会の決議を必要とし、事実上拒否できる(会社法108条1項8号)
- HDの取締役会:グループの方針や大きな投資は、HDの取締役会でオーナーと後継者が一緒に決める
拒否権付株式は強い権利なので、オーナーの相続の際に誰が引き継ぐか、後継者と意見が対立したときにどうするかまで決めておきます。種類株式の設計はHDで種類株式を使う、種類株式を使った事業承継で解説しています。
名ばかりの役職のリスク
「とりあえず後継者を役員にしておく」「税金の要件のために肩書きだけ整える」という発想には注意が必要です。
第一に、役員には会社法上の責任があります。取締役は会社に対して善管注意義務・忠実義務を負い、任務を怠れば損害賠償の責任を負います(会社法423条)。形だけの就任でも、責任は免れません。
第二に、税務では、役職の形式だけを整えて税法の要件を満たそうとした行為は否認されることがあります。組織再編の分野で知られるのが、ヤフー事件の最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号)です。買収前に買収側の代表取締役社長が買収対象会社の取締役副社長に就任した行為が、合併後の欠損金の引継ぎの要件を満たすためのもので、組織再編税制を租税回避の手段として濫用し法人税の負担を不当に減少させるものに当たるとされました(裁判所 裁判例情報)。組織再編の行為計算否認は組織再編の行為計算否認:ヤフー事件・IBM事件で詳しく取り上げます。
後継者の役職には、実際の職務と権限、それに見合う報酬を伴わせます。家族をHDの役員にする場合の注意点は家族をHDの役員にするも参照してください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る金融機関への見せ方と経営者保証
金融機関が承継の局面で最も気にするのは、誰が事業会社の経営を担い、誰が返済の責任を負うのかです。社長交代の前に、次の点を説明できるようにしておきます。
- 後継者の経歴、これまで担当してきた業務と実績
- 交代後の事業会社の経営体制(後継者を支える幹部、管理部門)
- オーナーの関わり方(HDの社長として何を担い、事業会社の業務からは離れること)
- 事業計画と、HDを含むグループ全体の借入・返済の見通し
経営者保証の扱いも大きな論点です。令和2年4月から適用されている「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」では、前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めることは原則として行わないこととされています(経営者保証に関するガイドライン研究会 特則(PDF))。中小企業庁も、事業承継時の経営者保証の解除に向けた対策をまとめています(中小企業庁 事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策)。後継者が保証を引き継ぐのか、解除を求めるのかは、法人と経営者の資産の分離や財務の状況で変わります。詳しくは事業承継と経営者保証、HD化と経営者保証の解除で解説しています。
事務所の支援事例でも、不動産業を息子に承継したい経営者が、当面は金融機関との折衝に本人も関与しつつ、経済面の相続を先に終えたいというご要望をお持ちでした。ホールディングス化による組織再編、種類株式の設計、定款の整備、株価算定、金融機関の紹介を行い、地方銀行から1.6億円を調達して事業承継を実現しています。株式の承継と役職の承継の時期をずらし、その間の役割を金融機関に見える形で示すことが、承継期の融資では大切です。
後継者の育成全般は後継者の育て方、株式と経営を分けて段階的に承継する考え方は2段階の事業承継も参考にしてください。
まとめ
- 後継者は事業会社の取締役→社長→HDの役員・代表と段階的に進むのが一般的
- オーナーは株主の権利(HDの議決権、拒否権付株式)で関与し、事業会社の業務執行からは離れる
- 取締役会の構成と任期を、承継の時期に合わせて設計する
- 名ばかりの役職は会社法上の責任があり、税務でも否認されうる。職務と報酬を伴わせる
- 金融機関には経営の担い手と経営者保証の扱いを、交代の前に説明する
