ホールディングス(HD)化を進めるとき、経営者がもっとも気を遣うのが従業員への説明です。「会社が売られるのではないか」「給与や退職金はどうなるのか」。説明が遅れたり曖昧だったりすると、こうした不安が噂になって広がります。
この記事では、HD化の方法ごとに雇用・給与・社会保険がどうなるかを整理したうえで、説明の時期と伝え方をまとめます。
- 株式移転・株式交換・株式譲渡でHD化しても、雇用主は事業会社のまま。雇用契約・給与・退職金・社会保険は変わらない
- 会社分割でHD体制にする場合は、労働契約承継法の手続き(7条措置・5条協議・2条通知)が必要
- 管理部門の社員をHDに移すなら、出向か転籍(本人の同意が必要)。給与負担や退職金の勤続年数の扱いを先に決める
- オーナーが両社から報酬を受け取るなら、二以上事業所勤務届(10日以内)を出す
- 説明は「何が変わらないか」から。目的は承継とグループの強化であり、売却の準備ではないことを伝える
HD化の方法で、従業員への影響は変わる
| 項目 | 株式移転・株式交換・株式譲渡 | 会社分割 | 事業譲渡 |
|---|---|---|---|
| 雇用主 | 事業会社のまま | 承継会社に替わる人がいる | 譲受会社に替わる |
| 労働条件 | 変わらない | 原則そのまま承継 | 譲受会社と改めて合意 |
| 本人の同意 | 不要 | 原則不要(異議の申出の制度あり) | 必要(転籍) |
| 必要な手続き | 特になし(説明は必要) | 7条措置・5条協議・2条通知 | 個別の同意・再契約 |
| 社会保険・雇用保険 | そのまま | 事業所の変更手続き | 資格の喪失・取得 |
株式移転・株式譲渡:雇用は何も変わらない
株式移転や株式譲渡では、変わるのは事業会社の株主だけです。従業員を雇っているのは事業会社なので、雇用契約、給与、賞与、就業規則、退職金制度、社会保険・雇用保険の加入先はそのまま続きます。手続きのうえで従業員の同意は要りません。
ただし、法律上の手続きが不要だからといって説明を省くと、「知らないうちに親会社ができていた」という不信感につながります。
会社分割:労働契約承継法の手続きが必要
会社分割では、事業とともに労働契約が承継会社に移ります。従業員にとっては雇用主が替わるため、労働契約承継法で手続きが定められています。厚生労働省の労働契約承継法の概要とQ&Aによると、主な手続きは次の3つです。
| 手続き | 対象 | 内容 |
|---|---|---|
| 7条措置 | 全事業場の労働者 | 過半数組合(いなければ過半数代表者)との協議などで、理解と協力を得るよう努める |
| 5条協議 | 承継される事業に従事する労働者など | 本人の希望を聴いたうえで、承継の有無や業務内容・就業場所などを協議する |
| 2条通知 | 承継される事業に従事する労働者など | 承継の有無や異議を申し出られることなどを書面で通知する |
5条協議がまったく行われなかった場合などは、労働者が承継の効力を争えるとされています。会社分割の流れは会社分割でHD体制にする方法で解説しています。なお、組織再編に伴う労働関係のルールは、厚生労働省の労働政策審議会で議論が続いているため、実行時点の制度を確認してください。
管理部門をHDに移すときの出向と転籍
HD化の後、経理・総務・人事などの管理部門をHDに集めることがあります。このとき社員の籍をどうするかで、扱いが変わります。
| 方法 | 雇用契約 | 本人の同意 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 在籍出向 | 事業会社に籍を残し、HDで働く | 就業規則に定めがあれば個別の同意は不要とされることが多い | 給与の負担割合、出向契約書 |
| 転籍 | 事業会社を退職し、HDと新たに契約 | 必要 | 退職金の勤続年数の通算、有給休暇の引継ぎ |
在籍出向で、HDが事業会社に給与相当額を負担金として支払う場合、出向先が負担する給与負担金は、出向先の給与として損金になります(法人税基本通達9-2-45)。負担割合が業務の実態と合っていないと、グループ内の寄附金の問題になるため、出向契約で根拠を決めておきます。
転籍では、退職金の勤続年数を通算するか、いったん清算するかを先に決めます。社員にとって不利にならない設計にしておかないと、転籍に同意してもらえません。
オーナー自身の社会保険
従業員だけでなく、オーナーや役員の社会保険も整理が必要です。法人の役員も、健康保険・厚生年金保険では会社に使用される被保険者として扱われます。
日本年金機構の複数の事業所に雇用されるようになったときの手続きによると、2つ以上の会社で加入要件を満たす場合は、本人が「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を、事実が生じてから10日以内に提出します。標準報酬月額は各社の報酬を合算して決まり、保険料は各社の報酬の割合で按分されます。
HDから役員報酬を払うなら、HD自身も社会保険の新規適用の手続きが必要です。報酬をHDと事業会社のどちらから払うかは、HD化後のオーナーの役員報酬で詳しく取り上げています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る説明の時期と伝え方
説明の時期
株式移転の場合、株主総会の決議の前後で、効力発生日の1か月前ごろまでに全体へ説明するのが一般的です。会社分割の場合は、7条措置を5条協議より前に始める必要があるため、さらに早く動きます。管理職には全体説明の前に伝え、部下からの質問に答えられるようにしておきます。
伝える内容の順番
- 何が変わらないか:雇用主、給与、退職金、社会保険、上司・職場
- 何が変わるか:親会社ができること、グループとしての経営の仕組み
- なぜやるのか:事業承継の準備、事業ごとの責任の明確化、グループの財務の強化
- 今後の予定:効力発生日、手続きの流れ、質問の窓口
よく出る質問と答え方
| 従業員の質問 | 答え方の例 |
|---|---|
| 会社が売られるのですか | HD化は承継とグループの強化のため。売却の準備ではない(事実と違う説明はしない) |
| 給与や退職金は下がりますか | 雇用主は今の会社のままで、条件は変わらない |
| 親会社の社員のほうが待遇が良くなるのでは | HDは管理機能の会社。人事制度はグループで公平に運用する |
| 社長は替わるのですか | 体制が変わる場合は、その予定と時期をこの場で伝える |
HD化の後に、子会社の社員が「自分たちは格下になった」と感じることがあります。HDの役割を「支配する会社」ではなく「グループを支える会社」として説明し、人事や評価の仕組みでもそれを示すことが大切です。承継の場面での従業員の不安への向き合い方は事業承継で従業員が不安になるときも参考になります。
銀行と取引先にも、同じ説明をそろえる
従業員への説明と、取引先・金融機関への説明は、内容をそろえておきます。従業員には「承継の準備」と言い、銀行には別の目的を伝える、という食い違いがあると、どこかで信用を落とします。
銀行はHD化を、グループ全体の返済力が変わる出来事として見ます。代表の相亰の著書のモデルでは、債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))を10年以内に保つことが健全の目安です。管理部門をHDに移して人件費の付け替えが生じても、グループ全体でこの数字が変わらないことを説明できるようにしておきます。
まとめ
- 株式移転・株式譲渡では、雇用主も労働条件も変わらない。説明はこの点から始める
- 会社分割では、7条措置・5条協議・2条通知の手続きが必要
- 管理部門をHDに移すなら、出向か転籍かを決め、給与負担と退職金の勤続年数を整理する
- オーナーが両社から報酬を受けるなら、二以上事業所勤務届を10日以内に出す
- 従業員・取引先・銀行への説明は、同じ目的でそろえる
HD化は、資本関係の手続きだけでなく、人の気持ちへの配慮が欠かせません。クレフティの事業承継・M&A支援では、HD化のスキームの設計から、従業員・金融機関への説明の段取りまでご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
