オーナーが事業会社の社長を退き、HD(ホールディングス)の社長や会長として経営を見守る――HD体制では、こうした勇退の形がとりやすくなります。そのときに大きな論点になるのが、事業会社から支給する役員退職金です。数千万円から億単位になることもあり、その財源をどう準備するかで、会社の資金繰りと決算書の見え方が大きく変わります。
財源の手段としてよく挙がるのが法人の生命保険ですが、保険は数ある手段の一つにすぎません。この記事では、保険を勧める立場ではなく、退職金の財源として保険を使う場合の税務と注意点を、預金・融資と比べながら整理します。
- 役員退職金は、不相当に高額な部分を除いて損金になる(法人税法34条2項)。金額の根拠は功績倍率法などで説明できるようにする
- 保険を財源にするなら、解約益と退職金を同じ事業年度に計上すると、課税所得への影響を抑えられる
- 解約返戻金は年齢・経過年数で変わる。退職の時期と返戻率の推移が合わないと、財源として機能しない
- 財源は保険・預金・融資の3つを比べる。保険は保障を兼ねるが、保険料が利益を下げ、早期解約では損をすることがある
- 退職金を払う年は株価が下がりやすい。HD株式の贈与・譲渡の時期と、銀行への説明をあわせて計画する
役員退職金の税務の基本
会社側:損金算入の条件
役員退職金は、原則として損金になりますが、不相当に高額な部分は損金に算入されません(法人税法34条2項)。不相当に高額かどうかは、その役員の業務に従事した期間、退職の事情、同種の事業を営む類似の法人の役員退職金の支給状況などに照らして判断されます(同施行令70条2号)。実務では、次の功績倍率法で金額の根拠を示すのが一般的です。
功績倍率の水準や裁判例は役員退職金の適正額:功績倍率法と裁判例で解説しています。最終の月額報酬を退職直前に引き上げると、根拠として認められにくくなる点にも注意が必要です。
また、事業会社の社長を退いても、事業会社に取締役として残り、実質的に経営に関与し続けていると、退職の事実そのものが否定されることがあります。分掌変更による退職金の考え方は分掌変更による退職金をご覧ください。
受け取る側:退職所得
役員退職金は退職所得として、次のように課税されます(国税庁タックスアンサーNo.1420)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 退職所得の金額 | (退職金-退職所得控除額)×2分の1 |
| 退職所得控除額 | 勤続20年以下:40万円×勤続年数(最低80万円)、20年超:800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
| 特定役員退職手当等 | 役員等勤続年数が5年以下の役員の退職金は、2分の1の適用なし |
勤続年数の長いオーナーにとって、退職所得は税負担が比較的軽い形で資金を受け取る方法です。HDへの株式の売却と比べた手取りの違いはオーナーのExit:HDへの株式売却と退職金の比較で解説しています。
保険を財源にする場合の考え方
法人契約の保険を退職金の財源にする場合、ポイントは解約のタイミングと経理です。
数値例
事業会社が、オーナーを被保険者とする保険に加入していた例です(数字は説明用)。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 資産に計上している保険料の累計 | 4,000万円 |
| 退職の年に解約した解約返戻金 | 6,000万円 |
| 解約益(雑収入) | 2,000万円 |
| 役員退職金(月額報酬100万円×在任30年×功績倍率3.0) | 9,000万円 |
| 退職の年の利益への影響 | +2,000万円-9,000万円=-7,000万円 |
| 資金の動き | +6,000万円-9,000万円=-3,000万円(預金または借入で手当て) |
解約益2,000万円は退職金の損金と相殺され、この年の課税所得は大きく減ります。ただし、これは「税金がなくなる」わけではありません。在任中に損金にした保険料の分だけ、解約時に益金が出ているので、課税を退職の年に寄せているということです。また、功績倍率3.0はあくまで計算例で、この倍率なら安全という意味ではありません。
保険を財源にするときの注意点
- 退職の時期と返戻率の推移を合わせる:解約返戻率は、加入年齢・経過年数で変わります。退職の予定が早まる・遅れると、返戻金が想定より少なくなることがあります
- 保険料の負担を利益計画に入れる:損金になる保険料は毎期の利益を下げます。銀行の格付けや債務償還年数にも影響します
- 保障の必要性と分けて考える:退職金の財源としての「貯蓄」と、万一の「保障」は目的が違います。両方を一つの保険でまかなうと、どちらにも中途半端になることがあります
- 保険契約そのものを退職金として渡す場合:保険契約の権利を役員に支給すると、その評価は原則として支給時の解約返戻金の額ですが、低解約返戻金型などは資産計上額で評価されることがあります(所得税基本通達36-37)。詳しくは保険を使った対策の落とし穴で解説しています
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る財源の3つの方法を比べる
| 方法 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|
| 預金で積み立てる | 自由に使える。解約損がない | 利益に対して税金を払った後の資金を貯めることになる。万一の保障はない |
| 退職時に銀行から借りる | 手元資金を減らさずに払える | 返済が後継者の経営の負担になる。退職の年の決算が悪いと借りにくい |
| 法人の保険で準備する | 万一の保障を兼ねる。解約益と退職金を同じ年に計上できる | 保険料が毎期の利益を下げる。早期解約では支払保険料を下回ることがある |
どれが正解かは、会社の利益水準、手元資金、退職の時期の確実さで変わります。たとえば、利益が安定していて手元資金に余裕がある会社なら預金で十分なこともあり、一方で社長が一人で事業を支えている会社なら、退職前の万一に備える保障の意味が大きくなります。保険で万一に備える考え方は経営者の万一に備える保険をご覧ください。
退職金の年の株価と銀行の見方
株価が下がる年を承継に使う
多額の退職金を払った年は、事業会社の利益と純資産が減るため、類似業種比準価額・純資産価額のどちらも下がりやすくなります。HD体制では、事業会社の株価が下がればHDの株価にも影響します。この時期に、HD株式を後継者に贈与する、後継者のHDに事業会社株式を譲渡する、といった承継を進めるのが一般的な考え方です。ただし、株価を下げることだけを目的に退職金の時期や金額を決めると、過大退職金の否認や総則6項のリスクが高まります。退職金と株価の関係は勇退時の役員退職金で詳しく解説しています。
銀行への説明
銀行は、退職金を払った年の赤字そのものよりも、翌年以降の利益が戻るかと、退職金の資金をどう手当てしたかを見ます。
- 退職金の算定根拠(功績倍率法の計算)と、一時的な支出であること
- 保険の解約・預金・借入のどれで払ったか。借入なら返済計画
- 後継者の体制と、翌年以降の利益計画
著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金-現預金)÷(経常利益+減価償却費-法人税等)です。退職金の年は経常利益が下がるため、一時的に悪化しますが、翌年以降の計画で10年以内に戻ることを示せると、融資への影響を抑えられます。
まとめ
- 役員退職金は、不相当に高額な部分を除いて損金。功績倍率法などで根拠を示し、退職の事実も伴わせる
- 保険を財源にするなら、解約益と退職金を同じ事業年度に計上すると課税所得への影響を抑えられる。ただし課税の時期を寄せているだけ
- 解約返戻率の推移と退職の時期が合わないと、財源として機能しない
- 財源は預金・融資・保険の3つを比べて選ぶ。保険は保障を兼ねる一方、保険料が毎期の利益を下げる
- 退職金の年は株価が下がりやすい。承継の時期と銀行への説明をあわせて計画する
退職金の金額・時期・財源は、承継の計画と会社の資金計画の中で決めるものです。クレフティでは、保険商品の選定ではなく、退職金の算定根拠の整理、財源の比較、銀行への説明資料づくりをお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺ったうえで、担当の税理士または金融機関出身のコンサルタントが対応します。
