HD(ホールディングス)体制でオーナーが亡くなると、相続人はHD株式を相続します。HD株式は上場株式と違って売ることが難しく、それでも評価額に応じて相続税がかかります。さらに、会社を継がない相続人がいれば、株式を後継者に集める代わりに代償金を払う必要が出てきます。
相続税の申告と納付の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月です。その間に現金を用意できなければ、せっかく集めた株式を手放すことにもなりかねません。この記事では、納税資金と株式の買取資金をどう準備するかを、保険・死亡退職金・金庫株の3つの手段と、HDの役割から整理します。保険は手段の一つとして、他の方法と比べながら検討するものです。
- 準備すべき資金は、①相続税の納税資金、②継がない相続人への代償金、③相続人から株式を買い取る資金の3つ
- 相続人が受け取る死亡保険金と死亡退職金には、それぞれ500万円×法定相続人の数の非課税限度額がある
- 相続した株式をHDなどの発行会社に売ると、期限内ならみなし配当にならない特例と取得費加算が使える
- 会社による買取りは分配可能額の範囲内。新しく作ったHDは分配可能額が小さいことがある
- 保険金の受取人や代償金の設計は、遺言・遺留分とあわせて考える
準備すべき3つの資金
| 資金 | 誰が払うか | 主な準備の手段 |
|---|---|---|
| 相続税の納税資金 | 相続人それぞれ | 個人の預金、死亡保険金、死亡退職金、株式の発行会社への売却 |
| 継がない相続人への代償金 | 株式を相続する後継者 | 後継者が受け取る死亡保険金、後継者の預金・借入 |
| 相続人から株式を買い取る資金 | HD(発行会社)または後継者のHD | HDの預金、事業会社からの配当、HDが受け取る保険金、融資 |
手段1:死亡保険金と死亡退職金の非課税枠
相続人が受け取る死亡保険金(被相続人が保険料を負担したもの)と死亡退職金は、それぞれに非課税限度額があります。
| 項目 | 非課税限度額 | 根拠 |
|---|---|---|
| 死亡保険金 | 500万円×法定相続人の数 | 国税庁タックスアンサーNo.4114 |
| 死亡退職金(死亡後3年以内に支給が確定したもの) | 500万円×法定相続人の数 | No.4117 |
法定相続人が3人なら、それぞれ1,500万円まで非課税です。相続を放棄した人や相続人でない人が受け取る分には非課税の適用がありません。
会社が受け取る保険金を死亡退職金で渡す
会社がオーナーを被保険者として保険に入り、保険金を原資に死亡退職金を支給する方法もあります。死亡退職金は会社の損金になり、相続人は非課税枠を使えます。ただし、会社が受け取る保険金は、純資産価額の計算で生命保険金請求権として資産に計上され、退職金と法人税額等を差し引いた残りは株価を押し上げます(国税庁質疑応答事例「評価会社が受け取った生命保険金の取扱い」)。退職金の額は、功績倍率法などで適正な額に収める必要があります。契約形態の整理はHDと生命保険をご覧ください。
手段2:株式を発行会社に買い取ってもらう(金庫株)
相続人が相続したHD株式を、HD自身に買い取ってもらう方法です。HDに資金があれば、相続人は現金を得て納税でき、株式は会社に戻ります。
会社法のルール
- 株主総会の特別決議:特定の株主から自己株式を取得するには、株主総会の特別決議が必要です
- 他の株主の売主追加請求:通常は他の株主も「自分の株も買って」と請求できますが、非公開会社が相続人から相続した株式を取得する場合は、相続人がその株式で議決権を行使していなければ、この請求権の規定は適用されません(会社法162条)
- 財源規制:買取りの代金は分配可能額の範囲内でなければなりません(同461条)
- 売渡請求:定款に定めがあれば、会社から相続人に株式の売渡しを請求できます(同174条)。請求できるのは相続を知った日から1年以内です。後継者以外の相続人に株式が分散するのを防ぐための仕組みです
税金の特例
個人が株式を発行会社に売ると、原則として、代金のうち資本金等の額を超える部分はみなし配当として総合課税され、税率が高くなりがちです。ただし、次の特例があります(国税庁タックスアンサーNo.1477)。
- みなし配当課税の特例(租税特別措置法9条の7):相続税を納める人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに発行会社に譲渡すれば、全額を株式の譲渡所得として扱う
- 取得費加算の特例(同39条):その株式に対応する相続税額を、取得費に加算できる
特例を使うには、譲渡の前に発行会社へ届出書を提出する必要があります。相続税額がない人は対象外です。
HDの分配可能額に注意
HD体制でよく問題になるのが、HDの分配可能額が足りないことです。株式移転で作ったHDは、設立したばかりで利益剰余金がなく、株式移転計画で増加する株主資本の多くを資本金・資本準備金に振り分けていると、分配可能額はさらに小さくなります。HDが相続人から株式を買い取るには、事業会社からHDに配当を出して剰余金を積み上げておく、などの準備が必要です。株式移転計画で資本金・準備金・剰余金をどう定めるかも、HD化の段階で検討しておきます。100%子会社からの配当は、HDで全額益金不算入になります(法人税法23条、詳しくはHDが子会社から受ける配当)。
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事業承継・M&A支援を見る手段3:後継者が受け取る保険金を代償金に
株式を後継者に集めると、継がない相続人の取り分が少なくなりがちです。そこで、オーナーが保険料を負担し、後継者を受取人とする保険に入り、後継者がその保険金を原資に、他の相続人に代償金を払う、という設計がよく検討されます。
この設計では、保険金は後継者固有の財産として受け取り、遺産分割で代償金を払う形になります。逆に、継がない相続人を受取人にすると、その保険金は遺産分割の外で渡るため、「保険金をもらったうえで、株式の代わりの代償金も求める」という主張を招くことがあります。
なお、死亡保険金は原則として特別受益に当たりませんが、最高裁平成16年10月29日第二小法廷決定は、保険金の額や遺産総額との比率などから、相続人間の不公平が著しい特段の事情があれば、特別受益に準じて持戻しの対象になるとしています。受取人の指定は、遺言や遺留分への配慮とあわせて考えます。継がない子どもへの配慮は会社を継がない子どもへの配慮で解説しています。
3つの手段の比べ方
| 手段 | 長所 | 注意点 |
|---|---|---|
| 個人の死亡保険金 | 非課税枠がある。受取人に確実に資金が渡る | 保険料はオーナーの手取りから払う。受取人の指定で遺産分割に影響 |
| 会社の保険金+死亡退職金 | 退職金は損金。相続人は非課税枠を使える | 保険金の残りは株価を押し上げる。退職金は適正額に収める |
| 金庫株(HDによる買取り) | 期限内なら譲渡所得課税と取得費加算 | 分配可能額の制限。HDの資金が減る |
| 融資(HD・後継者の借入) | 保険がなくても資金を用意できる | 返済原資(配当・報酬)が必要。銀行の審査がある |
銀行から見た納税資金の準備
銀行は、オーナーの相続を事業の継続リスクとして見ています。とくに、HDが相続人から株式を買い取る、後継者が代償金を借入で払う、といった場面では、グループ全体の返済余力が問われます。
- HDが買取資金を借りるなら、返済原資は事業会社からの配当です。配当を出すと事業会社の現預金と純資産が減るため、合算した債務償還年数で試算します
- 相続税の納付で個人の預金が減ると、オーナー一族からの支援余力(役員借入金の返済猶予など)が弱まると見られることがあります
- 事前に、相続が起きたときの資金計画(誰が、いくら、何で払うか)を示せる会社は、承継の準備ができている会社として評価されやすくなります
まとめ
- HD株式の相続では、納税資金・代償金・株式の買取資金の3つを準備する
- 死亡保険金と死亡退職金には、それぞれ500万円×法定相続人の数の非課税枠がある
- 相続した株式を発行会社に売るなら、期限内のみなし配当の特例と取得費加算を使える。会社の買取りは分配可能額の範囲内
- 後継者を受取人にした保険金を代償金の原資にする設計がある。遺留分・特別受益の考え方とあわせて検討する
- 保険・金庫株・融資を比べ、グループ全体の資金計画として準備する
相続の資金計画は、株価の試算と遺産分割の方針がそろってはじめて立てられます。株価と納税資金の全体像はHDと相続対策、相続税の申告期限と承継の手続きは事業承継の税金と期限で解説しています。クレフティでは、保険商品の選定ではなく、株価の試算と資金計画、金融機関との調整をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺ったうえで、担当の税理士または金融機関出身のコンサルタントが対応します。
