HD(ホールディングス)を使ってグループの株式を後継者にまとめると、承継はすっきりします。その一方で、会社を継がないほかの子どもから見ると、「財産の大半が兄(姉)に行ってしまう」という状況になりがちです。ここで問題になるのが遺留分です。
この記事では、HD株式を後継者に集めるときに、会社を継がない子どもへの配慮をどう設計するかを、民法と経営承継円滑化法の定めに沿って整理します。数字は説明用に作った例です。
- 子だけが相続人なら、遺留分の全体は財産の2分の1。子2人なら1人4分の1(民法1042条)
- 遺留分の請求は金銭で行われる(民法1046条)。HD株式を後継者に集めるなら、現金の手当てが欠かせない
- 調整の手段は、生命保険、HD株式以外の財産(不動産・現金)、無議決権株式など。家族で話し合える形にしておく
- 経営承継円滑化法の除外合意・固定合意は有力だが、3年以上の事業継続などの要件があり、作ったばかりのHDでは使えない場合がある
- 遺留分の算定では、相続人への生前贈与は相続開始前10年以内のものが対象になる(民法1044条)
遺留分の基本
遺留分は、一定の相続人に最低限保障される取り分です。民法1042条は、兄弟姉妹以外の相続人に、遺留分を算定するための財産の価額の2分の1(直系尊属だけが相続人の場合は3分の1)を遺留分として認め、それを法定相続分で分けるとしています。
遺留分を算定するための財産には、相続のときの財産に加えて、生前の贈与も含まれます。相続人に対する贈与は、相続開始前10年以内で、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として受けたものが対象です(民法1044条)。HD株式を後継者に生前贈与していれば、原則としてその価額が計算に入ります。
遺留分を侵害された相続人は、侵害額に相当する金銭の支払を請求できます(民法1046条)。請求できるのは、相続の開始と侵害を知った時から1年、相続開始から10年までです(民法1048条)。条文はe-Gov法令検索「民法」で確認できます。
試算:HD株式を後継者に集めた場合
| 前提 | 金額 |
|---|---|
| HD株式(相続税評価額を前提にした例) | 3億2,000万円 |
| 自宅 | 4,000万円 |
| 預金 | 4,000万円 |
| 財産の合計 | 4億円 |
| 相続人 | 子2人(長男が後継者、長女は会社を継がない) |
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 長女の遺留分 | 4億円×1/2×1/2=1億円 |
| 遺言で長女が受け取る財産(自宅+預金) | 8,000万円 |
| 遺留分の侵害額 | 2,000万円 |
この例では、長女は長男に2,000万円の支払を請求できます。長男の財産がHD株式だけなら、手元の現金では払えません。なお、遺留分の計算で使う株式の価額は、相続税の評価額ではなく時価です。当事者の間で価額の見方が違えば、話し合いが難しくなります。
調整の手段
生命保険
オーナーを被保険者とし、会社を継がない子を受取人とする生命保険で、その子の取り分を増やす方法です。また、後継者を受取人にして、遺留分の支払の資金を準備しておく方法もあります。生命保険金は受取人の固有の財産とされ、原則として遺産分割の対象にはなりませんが、ほかの相続人との間で著しい不公平が生じるほど高額な場合は、特別受益に準じて扱われることがあります(最高裁平成16年10月29日決定)。保険の使い方は相続税の納税資金と保険で解説します。
HD株式以外の財産を厚くしておく
不動産や現金など、HD株式以外の財産を、会社を継がない子に渡せるようにしておく方法です。オーナーがHDに株式を売却して現金化しておく、役員退職金を受け取っておく、といった準備で、分けやすい財産を増やせます(オーナーのExit:HDへの株式売却と退職金の比較)。
無議決権株式で「財産としての株式」を渡す
HDに議決権制限株式(無議決権株式)を発行し、会社を継がない子には配当優先の無議決権株式を渡す方法です。経営の決定権は後継者に、配当という経済的な利益は兄弟姉妹にも、という分け方になります。国税庁の「種類株式の評価について(情報)」では、無議決権株式は原則として議決権の有無を考慮せずに評価するとされているので、遺留分の計算でも、価値は小さくならないと考えておいたほうが安全です。設計はHDで種類株式を使うで解説します。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る経営承継円滑化法の民法特例
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律には、遺留分に関する民法の特例があります。後継者と推定相続人全員の合意で、次のことを決められます。
| 合意 | 内容 |
|---|---|
| 除外合意 | 後継者が贈与で取得した自社株式を、遺留分を算定するための財産から除く |
| 固定合意 | 遺留分の算定に入れる自社株式の価額を、合意の時の価額に固定する |
合意の後、1か月以内に経済産業大臣の確認を申請し、確認を受けた日から1か月以内に家庭裁判所に許可を申し立てる必要があります(中小企業庁「民法特例」申請マニュアル)。
HDで使うときに注意したいのが、対象となる会社の要件です。民法特例の対象となる中小企業者は、3年以上継続して事業を行っていることが要件とされています(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則2条)。株式移転で作ったばかりのHDの株式は、この要件を満たさない可能性があります。HD化の前に事業会社の株式で合意するのか、HDが3年を経てから合意するのか、手順を事前に検討しておく必要があります。制度の詳しい使い方は経営承継円滑化法の遺留分に関する民法特例、遺留分全般は後継者に自社株を集めると遺留分はどうなる?をご覧ください。
家族で話し合える形にする
遺留分の問題は、制度の知識よりも、家族の納得の問題であることが多いものです。
- オーナーが元気なうちに、会社を継ぐ子と継がない子の両方に承継の考え方を説明する
- 株式の価額(時価)の見方を、決算書や株価算定の資料で共有しておく
- 遺言に、なぜその分け方にしたのかの付言を書いておく
銀行の目線でも、相続で株主の間にもめごとが起きている会社は、承継後の経営の安定に不安があると見られます。後継者が遺留分の支払のために個人で借入をすると、HDや子会社の連結の財務とは別に、後継者個人の返済負担が生まれます。HDのグループとしての承継計画に、遺留分への備えまで入れておくことが、結果として融資を受け続けられる会社につながります。HDを使った相続対策の全体像はHDと相続対策をご覧ください。
まとめ
- 子だけが相続人なら遺留分の全体は2分の1、請求は金銭で行われる
- HD株式を後継者に集めるなら、生命保険・HD株式以外の財産・無議決権株式で調整し、支払の現金を準備する
- 経営承継円滑化法の除外合意・固定合意は有力だが、3年以上の事業継続などの要件がある。作ったばかりのHDでは使えない場合がある
- 制度だけでなく、家族への説明と付言で納得を得ておく
クレフティでは、HD株式の評価、遺留分の試算、種類株式の設計、承継計画の整理まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
