株価・相続・贈与

HDと家族信託:議決権は後継者に、財産は親に残す仕組みと税金

オーナーが高齢になると、「自分が認知症になったら、会社の決定はどうなるのか」という心配が出てきます。株主であるオーナーが判断能力を失うと、株主総会で議決権を行使できず、役員の選任や決算の承認すら止まってしまうおそれがあります。

その備えとして注目されているのが、自社株の家族信託(民事信託)です。HD(ホールディングス)を作ってグループの株式をまとめておけば、信託するのはHD株式だけで済みます。この記事では、HD株式の家族信託の仕組みと税金、使うときの注意点を整理します。

この記事の結論
  • 親が委託者・受益者、後継者が受託者となる信託で、議決権の行使は後継者に、財産としての権利は親に残せる
  • 自益信託なら、信託の設定時に贈与税はかからない(相続税法9条の2)。親の死亡で受益権が後継者に移れば相続税の対象
  • 受益権の評価は、原則として信託財産であるHD株式の評価額(財産評価基本通達202)。税金を減らす方法ではない
  • 親が判断能力を失っても、受託者が議決権を行使できるので決定が止まらない
  • 遺留分はなくならない。事業承継税制や黄金株と組み合わせるときは、要件との関係を事前に確認する

HD株式の家族信託の仕組み

家族信託は、財産の持ち主(委託者)が、信頼できる家族(受託者)に財産の管理を託し、その財産から生まれる利益を受け取る人(受益者)を決めておく仕組みです(信託法)。自社株の場合は、次のような形が基本になります。

HD株式の家族信託(自益信託)
父委託者 兼 受益者
↓ HD株式を信託
長男(後継者)受託者:株主名簿上の株主として議決権を行使
↓ 配当などの利益
父受益者:配当を受け取る。財産としての権利を持つ
↓ 父の死亡で信託終了または受益者が交代
長男など受益権または株式を取得(相続税の対象)
信託契約で、議決権の行使に父の指図を受けるかどうかなども決められる

株式が信託財産に属することを会社やほかの人に主張するには、株主名簿に信託財産である旨を記載する必要があります(会社法154条の2)。HDの株式に譲渡制限があれば、受託者への移転について、HDの承認の手続きも必要です。

信託契約では、受託者が議決権をどう行使するかについて、委託者(父)が指図する権利を残すこともできます。父が元気なうちは父の意向で議決権を使い、判断能力が落ちたら受託者の判断で行使する、という段階的な設計も可能です。

税金の扱い

信託の設定時

相続税法9条の2第1項は、信託の効力が生じた場合に、適正な対価を負担せずに受益者となる人がいるときは、その人が委託者から贈与(委託者の死亡による場合は遺贈)で受益権を取得したものとみなすと定めています(e-Gov法令検索「相続税法」)。

父が委託者であり受益者でもある自益信託なら、受益者は父自身なので、信託の設定時に贈与税はかかりません。受託者の長男は株式の名義人になりますが、財産としての権利は持たないため、長男にも課税はありません。

父の死亡時

父が亡くなり、信託契約の定めに従って長男が新たに受益者になる(または信託が終了して株式を受け取る)と、長男は受益権(株式)を相続または遺贈で取得したものとみなされ、相続税の対象になります(相続税法9条の2第2項など)。

受益権の評価

信託受益権は、元本と収益の受益者が同じ場合は、信託財産の価額で評価します(財産評価基本通達202(1))。つまり、HD株式を信託していれば、受益権の評価はHD株式の評価額そのものです。

時点課税関係(自益信託の場合)
信託の設定受益者=委託者なので課税なし
信託の期間中配当は受益者(父)の所得
父の死亡受益権を取得した人に相続税。評価はHD株式の評価額

家族信託は、相続税を減らす方法ではありません。HD株式の評価をどう考えるかは、信託とは別に、HD化すると自社株の評価はどう変わる?のとおりに整理します。

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家族信託が向いているケース

  • オーナーが高齢で、判断能力が落ちたときの議決権の空白が心配
  • 株式の財産としての承継(相続)は先でよいが、経営の決定は早めに後継者に任せたい
  • 後継者がまだ若く、株式を贈与するのは早いが、会社の運営の実務は担わせたい
  • 遺言だけでは、相続手続きの間に議決権が宙に浮くのが心配

逆に、すぐに株式を後継者に移したい、株価が低い今のうちに渡したいという場合は、贈与や譲渡のほうが向いています(HD株式を後継者に贈与する)。

使うときの注意点

遺留分はなくならない

信託を使っても、ほかの相続人の遺留分がなくなるわけではありません。父の死亡で長男が受益権を取得すれば、その価額は遺留分の計算に関係します。会社を継がない子への配慮は別に設計しておく必要があります(会社を継がない子どもへの配慮)。

事業承継税制・種類株式との組み合わせ

事業承継税制(非上場株式等の納税猶予)は、後継者が株式を贈与・相続で取得し、一定の議決権を持つことなどを要件としています。信託した株式で納税猶予を使えるかは、要件との関係を事前に確認する必要があります(HDと事業承継税制)。また、父が拒否権付株式(黄金株)を持つ場合、父の判断能力が落ちたときの拒否権の扱いも、信託と合わせて設計します(HDで種類株式を使う)。

契約の内容を作り込む

受託者の権限、議決権の行使のしかた、受託者が先に亡くなった場合の後任、信託の終了の事由と株式の帰属先などを、信託契約で具体的に決めておく必要があります。契約の作成は、信託に詳しい弁護士・司法書士などの専門家と進めるのが一般的です。

銀行から見た家族信託

銀行にとっては、オーナーが判断能力を失って会社の決定が止まることは、融資先としての大きなリスクです。株主総会で役員が選べない、決算が承認できないという状態では、新しい融資も返済条件の変更も進みません。家族信託で議決権の行使者をあらかじめ決めておくことは、銀行から見ても承継の不確実さを減らす手当てといえます。

一方で、信託をしても、借入の連帯保証や担保は別の問題です。経営者保証をどうするか、受託者である後継者が保証を引き継ぐのかは、銀行と個別に話し合う必要があります(HD化と経営者保証の解除)。信託の設計と合わせて、HDと子会社の連結の決算書で、後継者の代でも融資を受け続けられる財務になっているかを確認しておきたいところです。株主構成の整理全般はHDと相続対策、議決権の空白を防ぐ遺言は経営者の遺言の書き方もご覧ください。

まとめ

  • HD株式の家族信託で、議決権の行使は後継者に、財産としての権利は親に残せる
  • 自益信託は設定時に課税なし。親の死亡で受益権が移れば相続税。評価はHD株式の評価額(財産評価基本通達202)
  • 認知症などによる決定の停止を防げる。ただし遺留分は残り、事業承継税制や黄金株との関係は事前の確認が必要
  • 経営者保証や融資の引継ぎは別の論点。銀行とも計画を共有しておく

クレフティでは、HD株式の評価、信託を含む承継の方法の比較、種類株式・定款の整理、金融機関との調整まで、事業承継・M&A支援の中でご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。

よくある質問

HD株式を家族信託すると、贈与税はかかりますか?
親が委託者と受益者を兼ねる自益信託なら、信託を設定した時点では贈与税はかかりません。相続税法9条の2は、適正な対価を負担せずに受益者になった人に贈与があったものとみなす定めなので、委託者自身が受益者であれば課税の対象になる移転がないからです。後継者は受託者として株式の名義と議決権の行使を引き受けますが、財産としての権利は親に残ります。
家族信託をすると、相続税は安くなりますか?
安くはなりません。親が亡くなって受益権が後継者に移ると、後継者は受益権を相続または遺贈で取得したものとみなされます。受益権の評価は、元本と収益の受益者が同じであれば、信託財産であるHD株式の評価額そのものです(財産評価基本通達202)。家族信託は、税金を減らす方法ではなく、議決権の空白を防ぎ、承継の段取りを決めておくための方法です。
家族信託を使えば、ほかの子の遺留分を気にしなくてよいですか?
いいえ。信託を使っても、遺留分の制度がなくなるわけではありません。親の死亡で後継者が受益権を取得すれば、その価額は遺留分の計算に関係します。会社を継がない子への配慮は、信託とは別に設計しておく必要があります。

※本記事は2026年10月30日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。
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