オーナー経営者の万一は、どの会社にとっても最大のリスクの一つです。HD(ホールディングス)体制では、事業会社・HD・オーナー個人(相続人)と関係者が増える分、どこで、いくら、何のために資金が必要になるかを分けて考える必要があります。
保険の提案を受けると「保険金はいくらにするか」から話が始まりがちですが、順番は逆です。まず会社ごとに必要な資金を洗い出し、手元資金と融資枠で足りない部分をどう補うかを決め、その一部として保険を検討します。この記事では、事業会社とHDの役割分担と、保険以外の備えも含めた整理の仕方をお伝えします。
- 万一のときの資金は、事業会社・HD・相続人個人で必要なものが違う。会社ごとに洗い出す
- 事業会社は運転資金・死亡退職金・借入、HDはHDの借入・株式の買取り、相続人は相続税・連帯保証が中心
- 備えの順番は、①手元資金、②融資枠、③経営の分担と株式の行方の決定、④足りない分を保険で補う
- 保険金を受け取った会社から別の会社に資金を移すには配当・貸付が必要。必要な会社で準備する
- 銀行は「社長に万一のとき、事業と返済は続くか」を見ている。後継者の体制と資金の手当てを説明できるようにする
万一のときに、どこで何が起きるか
| 会社・人 | 必要になりやすい資金 | 補足 |
|---|---|---|
| 事業会社 | 売上が落ちる期間の運転資金(固定費×数か月) | 取引先の離反、受注の減少への備え |
| 事業会社 | 死亡退職金・弔慰金 | オーナーが事業会社の役員なら事業会社が支給 |
| 事業会社 | 借入の返済・条件の見直し | 期限の利益を失うわけではないが、銀行との協議が必要になる |
| HD | 株式の取得のための借入の返済 | 返済原資の配当が止まると返済が苦しくなる |
| HD | 相続人からの株式の買取り(金庫株) | 分配可能額の範囲内(会社法461条) |
| 相続人個人 | 相続税の納税資金 | 申告・納付の期限は相続の開始を知った日の翌日から10か月 |
| 相続人個人 | 連帯保証債務 | 保証債務は相続される。放棄すれば株式も相続できない |
事業会社の備え
事業会社で最も大きいのは、社長がいなくなった後の売上と資金繰りです。社長の人脈で受注している会社では、数か月から1年ほど売上が落ちることも珍しくありません。
必要額の考え方(例)
数字は説明用の例です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 運転資金:月の固定費1,500万円×6か月 | 9,000万円 |
| 死亡退職金・弔慰金 | 6,000万円 |
| 借入の一部返済・条件見直しへの備え | 5,000万円 |
| 必要額の合計 | 2億円 |
| 手元資金のうち使える額 | ▲8,000万円 |
| 当座貸越などの融資枠 | ▲5,000万円 |
| 足りない額(保険などで補う候補) | 7,000万円 |
弔慰金は、業務上の死亡なら死亡時の普通給与の3年分、業務外なら6か月分までは相続税の課税対象にならない扱いがあります(相続税法基本通達3-20)。この範囲を超える部分は退職手当金等として扱われます。
事業会社で保険を持つ場合
事業会社が契約者・受取人の保険なら、保険金は事業会社の益金となり、退職金・運転資金に使えます。死亡退職金と同じ年に計上すれば、損金と相殺されます。一方、保険料は毎期の利益を下げ、銀行の格付けにも影響します。保険の経理は法人保険の経理処理と税務で解説しています。
HDの備え
HDで問題になるのは、HDの借入と株式です。
- 後継者のHDが株式を買い取るために借りている場合:返済原資は事業会社からの配当です。オーナーの万一で事業会社の利益が落ちると配当が出せず、HDの返済が苦しくなります
- 相続人から株式を買い取る場合:継がない相続人が現金を求めると、HDが株式を買い取ることがあります。HDに資金と分配可能額が必要です
- オーナーがHDの役員の場合:事業会社を退任してHDの社長になっていれば、死亡退職金はHDが支給します
保険金を受け取った会社から別の会社に資金を移すのは簡単ではありません。事業会社が受け取った保険金をHDに移すには配当が必要で、配当には分配可能額の制限があります。HDの借入や株式の買取りに備えるなら、HDで準備するのが基本です。契約者・受取人の決め方はHDと生命保険をご覧ください。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見る保険以外の備え:お金より先に決めておくこと
万一のとき、資金以上に会社を止めてしまうのが、意思決定の空白です。
株式と議決権の空白を防ぐ
オーナーが持っていたHD株式は、遺産分割が終わるまで相続人の準共有になり、議決権を行使するには、相続人の間で権利行使者を決めて会社に通知する必要があります(会社法106条)。相続人の間で意見が分かれると、HDの株主総会が開けず、事業会社の役員も選べない、という状態になりかねません。
- 遺言:HD株式を誰に相続させるかを決めておく
- 種類株式・家族信託:議決権を後継者に集める設計(HDで種類株式を使う、HDと家族信託)
- 定款:相続人等に対する売渡請求(会社法174条)の定めを置き、株式の分散を防ぐ
経営と保証を分担しておく
- 後継者や幹部を役員に入れ、銀行・取引先との窓口を社長一人に集中させない
- 社長個人の連帯保証を、経営者保証に関するガイドラインに沿って解除・縮小できないか、生前に金融機関と協議する。保証債務は相続人に引き継がれるため、最も大きな個人のリスクになる(HD化と経営者保証の解除)
- 当座貸越やコミットメントラインなど、平時のうちに融資枠を設定しておく
銀行から見た「万一への備え」
銀行は、社長に依存した中小企業ほど、キーパーソンのリスクを気にしています。融資の審査や格付けの見直しの場面で、次のような点を説明できると安心材料になります。
- 社長に万一があったとき、誰が経営を引き継ぐか(後継者・幹部の体制)
- 売上が落ちる期間の資金をどう手当てするか(手元資金・融資枠・保険)
- 株式と議決権がどうなるか(遺言・種類株式・信託)
- 連帯保証をどうするか(解除・切替えの方針)
保険はこのうち2の一部を補う手段です。保険の金額だけを示すよりも、全体の備えの中で保険がどの部分を担っているかを説明するほうが、銀行の評価にもつながります。事業会社の急逝への備え全般は経営者の万一に備える生命保険と資金繰り、緊急時の承継の手順は緊急時の事業承継計画でも解説しています。
まとめ
- オーナーの万一では、事業会社・HD・相続人個人で必要な資金が違う。会社ごとに洗い出す
- 備えの順番は、手元資金、融資枠、経営の分担と株式の行方の決定、そして足りない分を保険で補う
- 保険金を受け取った会社から他の会社に資金を移すには制限がある。必要な会社で準備する
- HD株式の準共有による議決権の空白、社長個人の連帯保証は、保険では解決しない。遺言・定款・保証の見直しで備える
- 銀行には、保険の金額ではなく、全体の備えの中での位置づけを説明する
万一の備えは、承継の計画そのものです。クレフティでは、保険商品の選定ではなく、会社ごとの必要資金の試算、株式と議決権の設計、金融機関との保証の協議をお手伝いしています。初回のご相談は無料で、担当者がお話を伺ったうえで、担当の税理士または金融機関出身のコンサルタントが対応します。
