消費税・インボイス

免税事業者は値下げに応じるべき?インボイス後の値付けと取引先との交渉

インボイス制度が始まって3年。今も、フリーランスや小さな会社の方から「取引先に値下げを求められた」「免税事業者のままで消費税分を請求していいのかわからない」というご相談をいただきます。

答えの出発点は、取引先がどれだけ困るのかを数字で知ることです。取引先によっては影響がまったくなく、影響がある場合でも、令和8年10月からは消費税相当額の30%分にとどまります。この記事では、財務省・公正取引委員会などの「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和8年1月30日改正)をもとに、免税事業者の値付けと交渉の考え方を整理します。

この記事の結論
  • 取引先が消費者・免税事業者・簡易課税・2割特例なら、インボイスがなくても取引先の負担は変わらない
  • 本則課税の取引先でも、経過措置で令和8年10月〜令和10年9月は消費税相当額の70%を控除できる。取引先の負担増は30%分
  • 免税事業者も仕入れや経費で消費税を払っている。それを価格に織り込むのは自然なこと
  • 一方的な大幅値下げ、取引停止をちらつかせた登録の強要などは、独占禁止法・取適法で問題になるおそれ
  • 登録して課税事業者になるなら、消費税分の上乗せを協議する。個人は3割特例、法人は簡易課税も検討

まず確認:取引先は本当に困るのか

インボイスがないと困るのは、本則課税で消費税を計算している取引先だけです。政府のQ&A(Q2)では、売上先が次のどれかなら、免税事業者のままでも取引への影響は生じないと考えられるとしています。

売上先影響理由
一般消費者なし仕入税額控除をしない
免税事業者なし仕入税額控除をしない
簡易課税・2割特例の事業者なしインボイスがなくても計算が変わらない
非課税の事業(医療・介護など)のための仕入れなしもともと控除できない
本則課税の事業者あり(一部)経過措置の割合しか控除できない

まずは売上の相手を、この表で分けてみてください。値下げを求めてきた取引先が簡易課税なら、インボイスを理由にした値下げには根拠がありません。登録するかどうかの判断はインボイス登録はするべき?で詳しく解説しています。

本則課税の取引先の負担は、実際いくらか

本則課税の取引先でも、免税事業者からの仕入れは、経過措置で消費税相当額の一定割合を控除できます(国税庁「令和8年度税制改正特集」)。

仕入れの時期取引先が控除できる割合税込11万円の取引で取引先が控除できる額取引先の負担増
令和5年10月〜令和8年9月80%8,000円2,000円
令和8年10月〜令和10年9月70%7,000円3,000円
令和10年10月〜令和12年9月50%5,000円5,000円
令和12年10月〜令和13年9月30%3,000円7,000円
令和13年10月以降0%0円1万円

※本体10万円、消費税相当額1万円(10%)の取引の例。

今の時点で取引先の負担が増えるのは、税込11万円の取引で3,000円、支払額の3%弱です。「消費税分の1万円を全部下げてほしい」という要求は、取引先の実際の負担より大きいことがわかります。

公正取引委員会は令和5年5月に、経過措置で一定の控除が認められているのに、免税事業者に対して消費税相当額を取引価格から引き下げると文書で一方的に通告した発注事業者(イラスト制作業者、農産物加工品製造販売業者、ハンドメイドショップ運営事業者、人材派遣業者、電子漫画配信取次サービス業者)に注意を行ったと公表しています(「インボイス制度の実施に関連した注意事例について」)。

ただし、割合は2年ごとに下がっていきます。今は小さな差でも、令和10年10月以降は取引先の負担が大きくなるので、中長期の方針も考えておく必要があります。受け取る側の処理はインボイスを受け取る側の注意点をご覧ください。

免税事業者も消費税を払っている

「免税事業者は消費税を納めていないのだから、消費税分をもらうのはおかしい」と言われることがあります。しかし、政府のQ&A(Q3・Q5)は、免税事業者も自らの仕入れに係る消費税を支払っていることを踏まえて交渉するよう示しています。

たとえば、デザイナーが使うパソコン、ソフトのサブスク、通信費、外注費には、すべて消費税がかかっています。免税事業者は、これらの消費税を控除できず、経費として負担しています。その分を価格に織り込むのは、ごく自然な値付けです。

Q&A(Q5)では、免税事業者は支払われる総額を基準に値決めをしていることが多く、見積書に「本体価格+消費税相当額」と書かれていても、総額から逆算して形式的に書いているだけの場合がある、とも指摘しています。

「税込」「税抜」の書き方で揉めないように

免税事業者との取引で「税抜○円」「税別○円」と価格を決めると、消費税相当額を払うのかどうかで認識がずれることがあります(Q&A Q6)。見積書や契約書では、次のどちらかを明確にしておきましょう。

  • 総額で決める:「報酬は総額11万円(当方は免税事業者のため、インボイスは発行しません)」
  • 内訳で決める:「本体10万円、消費税相当額1万円、合計11万円」と書き、双方で合意する

問題になる取引先の行為

取引条件を見直すこと自体は、直ちに問題になるものではありません。双方納得のうえで価格を決めれば、結果として値下げになっても問題ありません(Q&A Q7)。一方、取引上優越した地位にある事業者が次のような行為をすると、独占禁止法(優越的地位の濫用)や、令和8年1月に下請法から改められた取適法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)で問題になるおそれがあります。

行為問題になるおそれがある例(Q&A Q7)
取引対価の引下げ再交渉が形式的で、免税事業者が仕入れで払った消費税も払えないような著しく低い価格を一方的に決める
受領拒否・返品契約後に、免税事業者であることを理由に受け取りを拒む、返品する
協賛金などの要請価格は据え置く代わりに、根拠のはっきりしない協賛金や無償の作業を求める
購入・利用の強制価格を据え置く代わりに、必要のない商品やサービスを買わせる
取引の停止著しく低い価格を一方的に示し、応じなければ取引をやめる
登録の強要「登録しなければ値下げ、それも嫌なら取引終了」と一方的に通告する。値下げの理由を書面やメールで説明せずに下げる

取適法の対象となる取引(製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託など)では、発注時に決めた代金を、免税事業者であることを理由に後から減らすことは代金の減額として問題になります。Q&Aは、仕入先が免税事業者であることは「仕入先の責めに帰すべき理由には当たりません」としています。

なお、「課税事業者になってほしい」と要請すること自体は問題ありません。問題になるのは、その要請に一方的な不利益を結びつけることです。

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交渉の進め方:4つの選択肢

値下げや登録を求められたときの選択肢を、本体10万円・税込11万円の取引で比べます(令和8年10月以降。消費税の納付額は概算です)。

選択肢受け取る額納める消費税取引先の負担増
① 免税のまま価格を維持11万円なし3,000円
② 免税のまま、取引先の負担増分だけ調整10万7,000円なしなし
③ 登録して消費税を上乗せ(個人の3割特例)11万円約3,000円なし
④ 登録して消費税を上乗せ(本則課税)11万円売上の消費税 − 経費の消費税なし

① 価格を維持したいとき

上の表を見せながら、取引先の実際の負担は3,000円であること、自分も経費で消費税を払っていることを説明します。品質や納期など、価格以外の価値も合わせて伝えるとよいでしょう。

② 一部の調整で折り合うとき

経過措置で控除できない部分だけを調整する、という落としどころもあります。ただし、令和10年10月、令和12年10月と割合が下がるたびに、また交渉が必要になります。

③④ 登録して課税事業者になるとき

政府のQ&A(Q6)では、消費税分を上乗せしていなかった免税事業者が課税事業者になったときは、発注側が支払う価格に消費税相当額を上乗せすることが相当とされています。発注側は上乗せ分を控除できるので、実質的な負担は増えません。

逆に、課税事業者になったのに協議もなく価格を据え置かれることは、優越的地位の濫用や取適法上の買いたたきとして問題になるおそれがあります(Q5・Q7)。登録するときは、「登録後は消費税相当額を加えた金額で請求します」と、事前に書面やメールで伝えて協議しましょう。

個人事業主なら、令和9年分・令和10年分は3割特例で、売上の消費税の3割を納めればよい場合があります(2割特例はいつまで?3割特例への移行)。法人は3割特例の対象外なので、簡易課税を検討します(簡易課税は選ぶべき?)。

困ったときの相談先

  • 取引条件のトラブル:公正取引委員会、中小企業庁(取適法・優越的地位の濫用の相談窓口。Q&Aの別紙に一覧があります)
  • インボイス制度そのもの:国税庁のインボイスコールセンター(0120-205-553、平日9時〜17時)
  • 登録するかどうか、納める消費税の試算:顧問税理士

やり取りは、メールや書面で残しておくことをおすすめします。いつ、誰から、どんな理由で値下げを求められたのかが、相談のときの大切な資料になります。

まとめ

  • 取引先が消費者・免税事業者・簡易課税・2割特例なら、インボイスがなくても影響はない
  • 本則課税の取引先でも、令和8年10月から2年間は70%を控除でき、負担増は消費税相当額の30%
  • 免税事業者も経費で消費税を払っている。「税込」「税抜」の意味を合意して価格を決める
  • 一方的な大幅値下げや、取引停止をちらつかせた登録の強要は、独占禁止法・取適法で問題になるおそれ
  • 登録するなら消費税の上乗せを事前に協議。個人は3割特例、法人は簡易課税で負担を抑える

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よくある質問

免税事業者が請求書に消費税を書いて請求してもいいのですか?
免税事業者でも、取引の対価として「消費税相当額」を含めた価格で請求すること自体は禁止されていません。ただし、インボイスは発行できず、登録番号のない請求書になります。免税事業者も仕入れや経費の支払いで消費税を負担しているので、それを価格に織り込むのは自然なことです。トラブルを防ぐには、「税込」「税抜」の意味を取引先と確認しておくことが大切です。
取引先から「消費税分を値引きしてほしい」と言われました。応じる必要がありますか?
必ず応じなければならないわけではありません。取引条件は当事者の話し合いで決めるもので、双方納得のうえで値下げするのは問題ありません。一方、取引上優越した地位にある事業者が、形式的な交渉だけで著しく低い価格を一方的に決めると、独占禁止法や取適法で問題になるおそれがあります。経過措置で取引先が一部控除できることも踏まえて交渉しましょう。
インボイス登録をして課税事業者になったら、消費税分を上乗せして請求できますか?
政府のQ&Aでは、消費税分を上乗せしていなかった免税事業者が課税事業者になった場合、発注側が支払う価格に消費税相当額を上乗せすることが相当と考えられるとされています。発注側が協議をしないまま価格を据え置くことは、優越的地位の濫用や取適法上の買いたたきとして問題になるおそれがあります。

※本記事は2026年11月3日時点の法令・制度に基づく一般的な解説です。個別の状況により結論が異なるため、実行前に専門家へご相談ください。
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