「会社全体は売りたくないが、この事業だけは手放したい」。事業の選択と集中や、後継者のいない事業の承継先を探す場面でよく出てくる相談です。ホールディングス(HD)体制で事業ごとに子会社にしておけば、子会社の株式を売るだけで、事業の一部を手放すことができます。
この記事では、子会社株式の売却の進め方、個人が売る場合との税金の違い、売却前の配当の効果と注意点、グループ内の取引と保証の整理、銀行への対応をまとめます。
- HD体制なら、子会社株式の売却で事業の一部だけを手放せる。事業譲渡に比べて契約・許認可の移し替えが少ない
- HDが売れば、売却益は法人税等の対象。代金はHDに残るので、再投資に向く。個人の手取りにするには、さらに配当などの課税がある
- 売却前に子会社からHDへ配当すると、売却益を小さくできることがある。ただし簿価減額の特例(施行令119条の3第10項)を確認する
- グループ内で資産を移して繰り延べた譲渡損益は、売却で完全支配関係がなくなると戻し入れる(法人税法61条の11)
- 売却前に、グループ内の契約・貸付・保証を整理する。銀行には売却代金の使い道と保証の解除を相談する
事業の一部を売る方法
| 方法 | 内容 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 子会社株式の売却 | HDが持つ子会社の株式を買い手に売る | 契約・許認可・雇用は子会社に残る。手続きが少ない |
| 事業譲渡 | 会社が事業を買い手に売る | 契約・許認可・雇用を個別に移す。簿外債務を引き継がせにくい |
| 会社分割+株式売却 | 売りたい事業を新しい会社に分け、その株式を売る | 一つの会社の中の事業を売るとき。分割の税務・許認可に注意 |
HD体制で事業ごとに子会社にしておけば、株式の売却で済むため、買い手と売り手の双方にとって手続きが軽くなります。まだ一つの会社で複数の事業を営んでいる場合は、会社分割で事業を切り出してから株式を売る方法もあります(会社分割でHD体制にする方法)。
個人が売るか、HDが売るか
同じ事業会社の株式でも、オーナー個人が持っていて個人が売るか、HDが持っていてHDが売るかで、税金と手取りが変わります。
| 項目 | 個人が売る | HDが売る |
|---|---|---|
| 売却益への課税 | 譲渡所得として20.315%の分離課税 | HDの所得として法人税等 |
| 代金の行き先 | オーナー個人 | HD |
| 再投資 | 個人の手元から改めて出資する | HDからそのまま新規事業やM&Aに使える |
| 個人の手取りにするには | 売却時点で手取りになる | HDから配当・役員報酬・退職金などで受け取り、改めて課税 |
| 売却前の配当の効果 | 個人の配当所得として総合課税 | 完全子法人株式等として全額益金不算入 |
代金を新しい事業に使うなら、HDが売って資金をHDに残すほうが効率的です。一方、オーナーが引退して手取りを受け取りたいなら、個人で売るほうが税負担は小さくなることが多くなります。比較の考え方は持株会社経由で売るか、個人で売るか、法人株主が株式を売る場合の扱いは法人株主が株式を売るときの税金で詳しく解説しています。
売却前の配当と、簿価減額の特例
子会社に余剰資金が貯まっているなら、売却の前に配当でHDに移しておく方法があります。100%子会社からの配当は、完全子法人株式等として全額益金不算入です(法人税法23条1項・5項)。配当で子会社の純資産が減れば、株式の売却価格も下がり、HDの売却益が小さくなります。
ただし、50%超の支配関係がある子会社から、株式の帳簿価額の10%を超える配当を受けた場合は、益金不算入の額だけ子会社株式の帳簿価額を減らす簿価減額の特例があります(法人税法施行令119条の3第10項)。帳簿価額が下がれば売却益が増えるため、配当の効果は打ち消されます。
| 適用されない主な場合 | 内容 |
|---|---|
| 内国株主割合 | 子会社の設立からHDが支配した日まで、内国の普通法人や居住者などが90%以上を持っていた |
| 支配後の利益 | 配当が、HDが支配した後に増えた利益剰余金の範囲内 |
| 少額 | その事業年度の配当の合計が2,000万円以下 |
| 10年超 | HDが支配した日から10年を超えている |
日本の同族会社をHD化した場合は、内国株主割合の除外に当たることが多いと考えられますが、外国の株主がいた時期がある会社や、M&Aで買った会社では確認が必要です。売却前の配当の考え方は売却前の配当でも取り上げています。
グループ法人税制で繰り延べた損益の戻入れ
HDのグループ内で、売る予定の子会社に不動産などを移していた場合は注意が必要です。100%グループ内で帳簿価額1,000万円以上の土地・建物・有価証券などを譲渡すると、譲渡損益は繰り延べられます(法人税法61条の11)。しかし、その後に譲受側の子会社とのあいだで完全支配関係がなくなると、繰り延べていた譲渡損益を、譲渡した会社で戻し入れて課税します。
子会社を売る前に、グループ内の資産の移動の履歴を確認し、戻入れの税額を売却の手取りの計算に入れておきます。グループ内の資産の移動の扱いはグループ内で資産を移すで解説しています。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るグループ内の取引と保証の整理
買い手は、売却後に子会社が単独で事業を続けられるかを見ます。HD体制では、グループ内でさまざまな取引がつながっているため、売却の前に洗い出して整理します。
| 項目 | 整理の方法 |
|---|---|
| 経営指導料・業務委託 | 売却日で終了。必要なら一定期間の業務提供の契約を結ぶ |
| 出向者 | 子会社に転籍するか、グループに戻すかを本人と決める |
| 共通の管理部門・システム | 切り離しの期間と費用を決める |
| グループ内の貸付金 | 売却前に返済・相殺する。買い手が引き継ぐなら価格に反映する |
| 不動産の賃貸借 | 売却後も貸し続けるなら、第三者として相場の家賃に見直す |
| 借入の保証・担保 | HD・他の子会社による保証を外す。子会社が他社の借入を保証していれば外す |
| 商標・ドメイン・許認可 | どの会社の名義かを確認し、必要なら移す |
とくに保証は重要です。HDや本業の会社が、売る子会社の借入を連帯保証していると、売却後もグループに責任が残ります。反対に、売る子会社がHDの借入を保証していれば、買い手はそれを外すことを求めます。
銀行への対応
HDが子会社株式を担保にしていたり、子会社の配当で返済する借入があったりすれば、子会社の売却は銀行の融資の前提を変えます。売却を進める前に、次の点を銀行と相談します。
- 売却代金で返済する借入と、残す借入
- 売る子会社に付いている保証・担保の解除の手順
- 売却後のグループの返済力と、事業計画
代表の相亰の著書のモデルでは、債務償還年数((借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等))を10年以内に保つのが健全の目安です。売却で利益を生む子会社が抜けると、グループの返済力は下がります。売却代金で借入を返済し、残るグループでこの数字が保てることを示せると、銀行との関係を保ちやすくなります。
まとめ
- HD体制なら、子会社株式の売却で事業の一部だけを手放せる
- HDが売れば法人税等の対象で、代金はHDに残る。再投資に向き、個人の手取りにはさらに課税がある
- 売却前の配当は全額益金不算入。ただし簿価減額の特例の適用除外に当たるかを確認する
- グループ内で繰り延べた譲渡損益の戻入れを手取りの計算に入れる
- グループ内の契約・貸付・保証を整理し、銀行には売却代金の使い道を相談する
事業の一部の売却は、HD体制の設計がしっかりしているほど進めやすくなります。クレフティの事業承継・M&A支援では、売却のスキームの比較、手取りの試算、グループ内の取引の整理、金融機関との調整までご相談をお受けしています。初回のご相談は無料です。担当者がお話を伺い、その後は担当の公認会計士・税理士やコンサルタントが対応します。
