「忙しくて帳簿をつけていない」「領収書は箱に入れてあるだけ」。個人事業主やひとり会社のご相談で、珍しくない状況です。このまま税務調査を受けると、どうなるのでしょうか。
結論からいうと、帳簿がないと税務署は「推計」で所得を計算して課税できます。さらに青色申告の取消し、消費税の仕入税額控除の否認、加算税の加重と、不利な扱いが重なります。この記事では、帳簿がない場合に起こることを順番に整理し、今からできる立て直し方をお伝えします。
- 帳簿がない、内容が信用できない、調査に協力しない場合、税務署は同業者の利益率や預金の増え方などから所得を推計して課税できる(所得税法156条・法人税法131条)
- 青色申告者は、帳簿の備付け・記録・保存が不十分だと青色申告の承認を取り消されることがある。帳簿を見せないことも取消しの理由になる
- 帳簿や請求書等を保存していない(提示できない)と、消費税の仕入税額控除が認められない
- 令和6年1月1日以後に申告期限が来る分から、帳簿を提示しないなどの場合は過少申告加算税・無申告加算税が10%(または5%)重くなる
- 今からでも、通帳・カード明細・領収書から帳簿を作り直すことが最大の防御になる
帳簿がないと「推計課税」を受ける
推計課税とは
税金は本来、実際の売上と経費(実額)で計算します。ところが、帳簿がなかったり、あっても内容がでたらめだったりすると、実額では計算できません。そこで税法は、税務署が間接的な資料から所得を推計して更正・決定できると定めています。個人は所得税法156条、法人は法人税法131条です。
国税不服審判所の公表裁決でも、推計が許されるのは、帳簿書類がない場合、帳簿の内容が不正確で信頼できない場合、調査に協力しないため実額がつかめない場合など、とされています。逆にいえば、帳簿がきちんとしていれば推計の出番はありません。実際に、必要経費を実額で計算できるのに経費率で推計することは許されないとした裁決もあります(昭和61年7月29日裁決、裁決事例集No.32)。
どんな方法で推計されるか
公表裁決に出てくる主な方法は次のとおりです。
| 推計の方法 | 中身 | 裁決例(国税不服審判所) |
|---|---|---|
| 同業者比率法 | 地域・業種・規模が似た同業者の平均的な利益率や経費率を当てはめる | 令和3年6月23日裁決(推計の必要性と合理性を認めた) |
| 資産負債増減法 | 1年間の預金や資産の増加、生活費などから所得を逆算する | 平成26年2月27日裁決(合理性を認めた) |
| 効率法 | 水道光熱費や仕入れの量など、売上と連動する数字から売上を推計する | 平成24年6月29日裁決(合理性を認めた) |
推計の結果は、実際の所得より多くなることもあります。そして推計課税を受けた側が「本当はもっと経費がかかっていた」と争うには、結局、信用できる帳簿や資料が必要です。
推計が一部取り消された例もある
推計にも合理性が必要です。原処分庁が選んだ類似同業者の中に、選定基準に当てはまらない事業者が混じっていたとして処分の一部が取り消された例(平成30年12月13日裁決)や、資産負債増減法で、子の名義の口座から移したお金を事業の所得と数えていたのは誤りとされた例(令和3年8月4日裁決)があります。ただ、これらは推計の計算方法の誤りが正された例で、帳簿がないことが許されたわけではありません。
青色申告の承認が取り消される
青色申告の特典(65万円・55万円・10万円の特別控除、青色事業専従者給与、赤字の繰越しなど)は、帳簿を正しくつけることが前提です。帳簿の備付け・記録・保存が法令どおりでない場合、税務署長は青色申告の承認を取り消すことができます(個人は所得税法150条、法人は法人税法127条)。
取消しは、その事実があった年(事業年度)までさかのぼって行われます。取り消されると、次のような影響があります。
| 影響 | 個人事業主 | 法人 |
|---|---|---|
| 特別控除・専従者給与 | 青色申告特別控除が使えない。専従者給与は白色の事業専従者控除の範囲に | — |
| 赤字の扱い | 取消し後の年に生じた赤字(純損失)は繰り越せない | 取消し後の事業年度に生じた欠損金は繰り越せない |
| その他の特例 | 青色申告者向けの特別償却・税額控除などが使えない | 同左 |
| 再申請 | 取消しの通知を受けた日から1年以内の申請は却下されることがある | 同様の定めあり |
「帳簿を見せない」ことも取消しの理由になる
帳簿はあるのに見せない、という対応も危険です。帳簿書類の提示を拒んだことが取消し事由に当たるとした裁決は、昭和の時代から繰り返し出ています(昭和58年12月13日裁決、裁決事例集No.26など)。調査の録音にこだわって帳簿を提示しなかったことが取消し事由に当たるとされた例もあります(平成24年6月1日裁決)。
一方で、記帳の不備がごく軽く、申告への信頼が損なわれたとまではいえないとして、取消処分は不当とした裁決もあります(平成22年12月1日裁決)。取り消すかどうかは、事業の規模や記帳の状況などを総合して判断されます。個別の事情によって判断が分かれるところですが、少なくとも「帳簿がまったくない」状態では、取消しを避けるのは困難です。
消費税の仕入税額控除も認められない
消費税の課税事業者は、売上で預かった消費税から、仕入れや経費で払った消費税を差し引いて納めます(仕入税額控除)。この控除を受けるには、帳簿と請求書等(インボイスなど)の保存が必要です。
最高裁平成16年12月16日判決(平成13年(行ヒ)第116号)は、税務職員の調査の際に適時に提示できるように保存していなかった場合は「保存しない場合」に当たる、と判断しました。つまり、帳簿や請求書を調査で示せないと、仕入れや経費にかかった消費税を差し引けず、売上の消費税をほぼ丸ごと納める計算になりかねません。所得税・法人税の推計課税とは別に、消費税でも大きな負担が出るということです。
加算税も重くなる
令和4年度の税制改正で、記帳水準を上げる目的の加重措置ができました。令和6年1月1日以後に法定申告期限が来る所得税・法人税・消費税について、次の場合は過少申告加算税・無申告加算税が重くなります(国税庁「記帳水準の向上に資するための過少申告加算税等の加重措置」)。
| 状況 | 加重 |
|---|---|
| 調査で求められた帳簿を提示・提出しなかった、または帳簿に記載された売上が本来の2分の1未満だった | 10%加重 |
| 帳簿に記載された売上が本来の3分の2未満だった(上の場合を除く) | 5%加重 |
災害などやむを得ない事情で帳簿を提示できなかった場合は、対象外です。また、売上を隠すなど仮装・隠蔽がある場合は、別に重加算税の問題になります。加算税の全体像は税務調査で最悪どうなる?加算税・延滞税・重加算税で整理しています。
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オンライン記帳・申告サポートを見る今からできる立て直し方
帳簿がないことに気づいたら、調査の連絡が来る前に動くのが一番です。
- 通帳とカード明細を集める:事業用の入出金は、ほぼここに残っています。過去7年分を目安に、取れるだけ取り寄せます
- 売上を先に固める:請求書の控え、入金記録、決済サービスの売上データから、年ごとの売上を確定させます。売上の記載漏れは加算税の加重にも直結します
- 経費を領収書と明細から起こす:領収書がないものは、支払先・日付・金額・内容をメモに残します(レシートをなくした・もらえなかったときはどうする?)
- 申告とのズレを確認する:作り直した帳簿と申告の数字を比べ、申告漏れがあれば調査の前に修正申告を検討します(実地調査の前に修正申告したら?加算税の扱い)
- これからの記帳の仕組みを作る:口座とカードを事業用に分け、会計ソフトに連携させれば、毎月の手間は大きく減ります(記帳はどれくらいの頻度でやればいい?)
帳簿は税務調査のためだけのものではありません。銀行に融資を申し込むときも、決算書や試算表の裏付けとして帳簿の質が見られます。数字を説明できない事業者に、銀行はお金を貸しにくいのです。
注意したいのは、作り直すのは事実にもとづく記録だということです。領収書を後から作る、日付を偽るといった行為は「仮装」に当たり、重加算税の対象になり得ます。実際の資料から再現できない部分は、無理に埋めずに「不明」として残し、税理士に相談してください。
帳簿も領収書もない状態で調査の連絡が来た場合の考え方は、税務調査の連絡が来たけれど、帳簿も領収書もない。どうすればいい?でも取り上げています。
まとめ
- 帳簿がないと、同業者の利益率や預金の動きから所得を推計して課税される
- 青色申告者は承認の取消しを受けることがあり、帳簿を見せないことも理由になる
- 帳簿と請求書等を提示できないと、消費税の仕入税額控除が認められない
- 令和6年1月1日以後に申告期限が来る分から、帳簿の不提示などで加算税が10%(5%)重くなる
- 今からでも通帳・明細・領収書から帳簿を作り直し、記帳の仕組みを整えることが最大の防御
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