「この物件は現物ではなく、信託受益権での売買になります」。一定規模以上の不動産取引では、こう言われることがあります。不動産を信託銀行などに信託し、その受益権を売買する方法です。登記簿の所有者は受託者のままで、買主は受益者になります。
信託受益権の売買は、登録免許税と不動産取得税の負担を抑えられる一方、個人の損失の制限や信託を終了したときの課税など、現物の売買にはない論点があります。この記事では、信託受益権で売買するときの税務(法人と個人の違いを含む)、会計上の扱いと表示、銀行からの見え方、公表されている判例・裁決事例を、不動産事業者向けに整理します。
- 受益権の譲渡は、法人税・所得税・消費税のいずれも、信託財産である土地建物の譲渡として扱われる。受益権だから税金が別物になるわけではない
- 流通税は大きく違う。信託の設定は土地0.3%・建物0.4%の登録免許税で済み、受益者の変更は不動産1個につき1,000円。受益権の売買に不動産取得税はかからないのが実務
- ただし、受益権を買った者が信託を終了して現物を受け取ると、不動産取得税と登録免許税の負担が生じ得る(買い戻した持分への課税を認めた大阪高裁平成23年3月31日判決)
- 個人は信託からの不動産所得の損失が「生じなかったもの」とされる。法人にも損失の制限がある
- 会計は原則として総額法。決算書の見た目は現物の保有に近く、銀行は信託報酬と担保の形も見る
信託受益権の売買とは|仕組みと使われる場面
売主(委託者)が不動産を信託銀行や信託会社(受託者)に信託すると、登記上の所有者は受託者になり、売主は家賃や売却代金を受け取る権利である信託受益権を持ちます。この受益権を買主に売るのが、信託受益権の売買です。買主は受益者となり、不動産の経済的な損益を受け取ります。
| 項目 | 現物の売買 | 信託受益権の売買 |
|---|---|---|
| 登記上の所有者 | 買主 | 受託者(信託目録の受益者が買主に変わる) |
| 売買の対象 | 不動産 | 信託受益権 |
| 継続的な費用 | 管理費用 | 管理費用に加えて信託報酬など |
| 向いている場面 | 一般的な取引 | 大型物件、ファンド、頻繁に売買される物件 |
受益権は金融商品取引法上の有価証券とみなされるため、業として売買やその媒介を行う場合は、第二種金融商品取引業の登録が問題になります。自社の保有物件を売るだけの会社と、反復して売買や媒介を行う会社とでは扱いが異なり得るため、事前に確認が必要です。
また、受託者は物件ごとに受託の可否を判断します。建築確認や検査済証の有無、法令への適合、権利関係、修繕の状況などを確認するため、小規模な物件や築古の物件は、信託を引き受けてもらえないことがあります。
流通税の比較|登録免許税と不動産取得税
信託受益権の売買が使われる最大の理由が、流通税の差です。主な違いは次のとおりです。
| 税目 | 現物の売買 | 信託の設定時 | 受益権の売買時 |
|---|---|---|---|
| 登録免許税(土地) | 売買 1.5%(令和11年3月31日まで。租税特別措置法72条) | 移転登記は非課税。信託の登記は 0.3%(同上) | 受益者の変更の登記として不動産1個につき1,000円 |
| 登録免許税(建物) | 売買 2% | 移転登記は非課税。信託の登記は 0.4% | 同上 |
| 不動産取得税(土地) | 3%(宅地は課税標準2分の1。令和9年3月31日まで) | 委託者から受託者への移転は非課税(地方税法73条の7第3号) | 不動産の取得に当たらないものとして扱われる |
| 不動産取得税(建物) | 住宅3%(令和9年3月31日まで)、住宅以外4% | 同上 | 同上 |
根拠は登録免許税法の7条1項1号と別表第一、租税特別措置法72条、地方税法73条の7、東京都主税局の案内です。
固定資産税評価額が土地2億円、建物1億円の賃貸マンションで、現物と受益権を比べてみます(軽減や控除を考慮しない単純計算)。
| 項目 | 現物の売買 | 受益権の売買 |
|---|---|---|
| 登録免許税 | 土地300万円+建物200万円=500万円 | 信託の登記 土地60万円+建物40万円=100万円(+受益者の変更の登記) |
| 不動産取得税 | 土地300万円+建物300万円=600万円 | 課税なしとして扱う |
| 合計 | 1,100万円 | 約100万円 |
差は約1,000万円です。ただし、すでに信託されている受益権を買う場合は信託の登記はかかりませんし、誰が費用を負担するかは契約次第です。そのほかに、受託者への信託報酬が毎年かかります。節約できる流通税と、保有期間中の信託報酬、最後に信託を終了するときの負担を合わせて比べる必要があります。
落とし穴:買主が信託を終了して現物にするとき
非課税になるのは、信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが元本の受益者である信託で、受託者から一定の受益者に戻す場合に限られます(地方税法73条の7第4号)。対象は、効力発生時から引き続き委託者である者、その相続人、合併や一定の分割の承継法人です。
受益権を買った人は、原則としてこれに当たりません。そのため、信託を終了して不動産を受け取ると、その時点で不動産取得税の対象になります。登録免許税も、信託の登記の抹消(不動産1個につき1,000円)に加えて、受託者から受益者への移転の登記が必要です。登録免許税法7条の非課税や相続とみなす規定は、委託者本人やその相続人などを前提にしています。
このとき、原因は「売買」ではないため、土地の売買の軽減税率(1.5%)は使えず、本則の税率で計算することを前提に確認しておくべきです。「信託のコストが重くなったので、数年後に信託を外す」という計画は、取得時に抑えた流通税を、後から負担することになり得ます。
所得税・法人税・消費税の扱い|受益者が土地建物を持っているものとして考える
原則:受益者が信託財産を直接持っているとみなす
一般的な不動産の管理処分信託は「受益者等課税信託」で、受益者が信託財産に属する資産・負債を持ち、その収益・費用も受益者のものとみなされます(法人税法12条1項、所得税法13条1項)。受託者の段階では課税されません。
法人税基本通達14-4-6は、受益者としての権利の譲渡や取得があった場合、その目的となっている信託財産に属する資産・負債が譲渡または取得されたことになるとしています。土地が信託財産なら土地を譲渡したものとして、譲渡、交換、収用、買換えなどの規定の適用があります。
委託者と受益者が同じ単独の信託では、信託の設定と終了による移転は譲渡や取得に当たりません(同14-4-5)。土地信託に関する個別通達は、信託財産に帰属する債務を差し引いて代金が支払われたときは、その債務の額を加えた金額が譲渡収入になるとしており、敷金など信託に残る債務の扱いの参考になります。
法人と個人の違い
| 項目 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 受益権を売った場合 | 譲渡損益を他の所得と合算 | 土地建物の譲渡として分離課税(所有期間の考え方は現物に準じる) |
| 譲渡損 | 損金に算入でき、他の所得と通算できる | 土地建物の譲渡損失は原則として他の所得と損益通算できない |
| 保有中の損益 | 総額法で事業年度ごとに計算(法人税基本通達14-4-2、14-4-3) | 暦年の不動産所得として計算 |
| 信託からの損失 | 債務の弁済責任の限度が実質的に信託財産の価額に限られる場合などに、損金算入の制限あり(租税特別措置法67条の12) | 信託から生ずる不動産所得の損失は生じなかったものとみなす(同41条の4の2) |
実務で特に重要なのが、個人の損失の扱いです。個人が信託の受益者(特定受益者)である場合、信託による不動産所得の損失はなかったものとみなされ、損益通算も繰越しもできません。減価償却費が大きい物件や、初年度の諸費用が多い場合に赤字が出ても、給与所得はもちろん、現物で持つ他の物件の黒字とも相殺できません。考え方は不動産小口化商品(任意組合型)の損失の制限と共通です。
法人は、信託の計算期間に関係なく事業年度ごとに計上します。受託者の報告を総額で帳簿に取り込める体制を整えておきましょう。受託者は信託の計算書を税務署に提出します(国税庁)。
消費税:土地は非課税、建物は課税
消費税でも、受益者が信託財産を持つものとして法律を適用します(消費税法14条1項)。消費税法基本通達4-3-3は、受益者の権利の譲渡は目的となる信託財産の譲渡が行われたことになるとしています。国税庁の質疑応答事例も、受益権の譲渡は信託財産の構成物の全部を一括して譲渡したものとして扱い、対価を課税資産と非課税資産に合理的に区分する必要があるとしています。
そのため、売買代金は土地と建物に区分します。土地の譲渡は非課税なので、売主の課税売上割合が大きく下がる点も現物と同じです。買主は建物部分が課税仕入れになりますが、用途区分で争いになることがあります(後述の裁決事例)。住宅として貸している建物の受益権を買う場合は、買主の取得が信託財産の取得として扱われる以上、居住用賃貸建物の仕入税額控除の制限にも注意が必要と考えられます。
取得価額と付随費用
受益権を買った場合も、税務上は土地建物の取得です。購入代価を土地・建物・設備に区分し、付随費用を加えて取得価額を計算します。平成24年7月5日裁決も、受益権の売買に伴う固定資産税等の相当額を、不動産の購入の代価の一部としています。諸費用の考え方は不動産取得税・登録免許税の処理、固定資産税の精算金、敷金の承継は入居者付き物件の敷金をご覧ください。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る会計上の扱いと決算書の表示
決算書は税法ではなく、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って作ります。会社法431条の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」、法人税法22条4項の「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」も、この考え方に立っています。税務上の扱いと決算書の表示は別物です(税務と会計の違い)。
信託の会計は、企業会計基準委員会の実務対応報告第23号が整理しています。不動産のような金銭以外の信託で、委託者兼当初受益者が単数の場合の要点は次のとおりです。
- 信託の設定時に損益は計上しない
- 期末は、信託財産を直接保有する場合と同じように考え、持分割合に応じて資産・負債と損益を計上する(総額法)
- 受益権を売却するときは、信託財産を直接保有していたものとみて、消滅の認識(売却処理できるか)を判断する
- 受益権が優先劣後に分かれ、譲渡で受益者が複数になるなど、直接保有とみなすことが難しい場合は、有価証券の保有とみなして処理する
売主が買戻しの義務を負う、賃貸保証を続ける、劣後部分を持ち続けるといった場合は、リスクと経済価値が移転していないとして、売却処理が認められないこともあります。上場準備中の会社や監査を受ける会社は、契約前に監査法人と確認しましょう。
著書では「収益は上に、費用は下に」というPL(損益計算書)の考え方を紹介していますが、これは表示区分を実態に沿って判断しようという意味です。税務上は損金算入が認められるかが論点になる一方、決算書の表示区分は、企業会計の基準に沿って判断する必要があります。賃貸用の固定資産に当たる受益権の売却益なら通常は特別利益、販売用として保有していたものなら売上高というように、どの区分にできるかは取引の実態次第です。顧問税理士・会計の専門家と検討してください(売却損の表示区分)。
銀行からの見え方
| 指標・論点 | 信託受益権の場合 | 銀行の見方 |
|---|---|---|
| 取得時の費用 | 流通税が抑えられれば、手元資金の減りが小さい | 取得直後の現預金の余力として評価される |
| 償却前利益 | 信託報酬などの費用が加わる | 継続的な費用として返済原資から差し引いて見る |
| 債務償還年数 | 分母の償却前利益が信託報酬の分だけ減る | 著書のモデルでは10年以内が健全の目安。信託報酬の影響を含めて確認 |
| 担保 | 受益権への質権が中心。受託者の承諾が必要 | 手続きに対応できる金融機関かどうかを確認 |
| 出口 | 次の買主も受益権を買うことになる | 売却先の幅、信託の残存期間を確認 |
著書のモデルの債務償還年数は「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」です。流通税の差は購入時の一度きりですが、信託報酬は毎年かかります。金額が小さい物件ほど、信託報酬の負担感が重くなります。減価償却費と銀行の見方は減価償却費と償却前利益で解説しています。
受益権への質権を担保とする融資の経験が多くない金融機関もあるため、融資の相談は売買契約の前に始めるのが安全です。
公表されている判例・裁決事例
買い戻した受益権と不動産取得税(大阪高裁平成23年3月31日判決)
- 出典:大阪高裁 平成23年3月31日判決(平成23年(行コ)第3号)、原審は大阪地裁 平成22年12月2日判決(平成22年(行ウ)第94号)
- 事案:不動産を信託財産とする自益信託で、委託者兼受益者が受益権の準共有持分100分の80を第三者に譲渡し、後に買い戻したうえで、信託の終了により不動産を取得した
- 争点:この取得が、平成21年改正前の地方税法73条の7第4号の非課税に当たるか
- 判断:譲渡せずに持ち続けた持分に対応する不動産の取得は、同号により課税できないとして、賦課処分のうち、買い戻した持分に対応する100分の80の共有持分の取得に係る部分を超える部分を取り消した(一部認容)
- 実務への示唆:委託者本人であっても、いったん譲渡して買い戻した受益権に対応する部分は、非課税にならないと判断された。受益権を第三者から買った買主が信託を終了する場合の負担を考えるうえでも重要な事例
なお、東京地裁平成19年8月23日判決(平成19年(行ウ)第17号)は、新設分割で委託者兼受益者の地位を受け継いだ会社の取得を非課税としました。現行の同号は、相続、合併、一定の分割による承継者を明文で定めています。
賃貸中マンションの受益権の用途区分(平成17年11月10日裁決)
- 出典:国税不服審判所 平成17年11月10日裁決(裁決事例集No.70 369頁)
- 事案:請求人が、賃貸中のマンション8棟(397戸のうち住宅389戸)を信託財産とする受益権を、譲渡目的で取得したとして、全額を課税対応として申告した
- 判断:受益権の取得は信託不動産の課税仕入れとして消費税法の規定が適用されるとしたうえで、信託不動産から住宅の貸付けによる賃料が生じることなどから、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものに当たるとした
- 実務への示唆:受益権であっても、用途区分は信託財産の実際の使い方で判断される(個別対応方式と一括比例配分方式、消費税が否認された裁決事例)
受益権の取得手数料の用途区分(平成30年4月25日裁決)
- 出典:国税不服審判所 平成30年4月25日裁決
- 事案:土地建物を信託財産とする受益権の取得に要した手数料について、請求人は、取得目的は賃貸であり、課税資産の譲渡等にのみ要するものと主張した
- 判断:請求人は物件の賃貸による収益を享受しつつ、譲渡による収入を得ることも目的として取得したと認定した。受益権の譲渡は信託財産である土地・建物の譲渡に当たるため、手数料は課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものとし、審査請求を棄却した
- 実務への示唆:用途区分は課税仕入れを行った日の状況で判断される。決算書の表示科目だけでなく、取得時の稟議書や意向表明書に書いた出口の方針も判断材料になり得る
これらの判断は、それぞれの事実関係のもとでのものです。受益権の売買がすべて同じ結論になるわけではなく、契約の内容と取得の目的によって判断は変わります。
実務のチェックポイント
| 確認すること | 見るポイント |
|---|---|
| 買主が個人か法人か | 個人は信託からの不動産所得の損失を使えない。赤字の見込みを試算する |
| 信託の残存期間 | 満了時の延長の条件、受託者の変更、信託を終了する場合の税負担 |
| 信託の費用 | 信託報酬、受託者の調査費用、終了時の手数料。購入時の節約額と比較する |
| 売買代金の区分 | 土地・建物・設備の価額の区分と根拠。消費税と減価償却に影響する |
| 引き継ぐ債務 | 敷金、預り金、未払金など信託財産に残るもの。譲渡収入と取得価額の計算に反映する |
| 消費税の用途区分 | 取得目的を社内の資料にどう残すか。賃貸と売却の両方を想定していないか |
| 印紙税 | 受益権の売買契約書は、不動産の売買契約書と区分が異なり得る。文書の内容で判定する |
| 融資・業法 | 受益権への質権に対応できるか。業としての売買・媒介に当たらないか |
まとめ
- 信託受益権の売買は、税務上は信託財産である土地建物の売買として扱われる
- 流通税は抑えられるが、信託報酬と、信託を終了するときの負担まで含めて比較する
- 受益権を買った者が信託を終了すると、不動産取得税と登録免許税の負担が生じ得る。買い戻した部分を非課税としなかった裁判例もある
- 個人は信託からの不動産所得の損失を使えない。法人にも一定の制限がある
- 消費税は土地が非課税、建物が課税。用途区分は取得時の目的と実態で判断される
- 会計は原則として総額法。銀行は信託報酬、質権、出口の幅を見る
信託受益権の売買は、取得時の税金だけで判断すると、数年後の出口で思わぬ負担が生じます。クレフティでは、金融機関出身のコンサルタントと税理士が、取引の形を決める前の税負担と決算書の試算、金融機関への説明を支援しています。初回のご相談は無料です。不動産投資家・不動産事業者向けの支援からお問い合わせください。
