オフィスビル、商業施設、病院、学校、マンション。建物の清掃・設備管理・警備などを引き受けるビルメンテナンス業は、建物がある限りなくならない仕事です。業界団体の推計では市場規模は5兆円を超え、売上も伸びています。
一方で、ビルメンテナンス業の経営は、売上の大半を人件費が占める労働集約型のビジネスです。最低賃金の大幅な引上げと人手不足が続くなかで、価格転嫁ができるかどうかが利益を大きく左右します。この記事では、公表されている統計で業界の今を整理したうえで、決算書の特徴、銀行が融資で見るポイント、税務の論点、事業承継・M&Aまでを、税理士・公認会計士の立場から解説します。
- 全国ビルメンテナンス協会の推計では、ビルメンテナンス業の市場規模は2024年度で約5.51兆円(2023年度は約5.18兆円)。回答企業の平均売上高の伸びは+4.7%
- 2025年度の契約改定率は民間10.0%、官公庁6.2%とコロナ禍前の水準を上回り、価格転嫁は進みつつある。一方、悩みごとの1位は「現場従業員が集まりにくい」(88.5%)
- 令和8年度の地域別最低賃金は全国加重平均1,177円(56円引上げ)。人件費の上昇を、現場ごとの損益で把握し、交渉につなげることが利益の分かれ目
- 銀行は、月額契約の安定性を評価する一方で、給与の先払いと入金のずれ(運転資金)、取引先の集中、税金・社会保険料の滞納がないかを見る
- 承継では、建築物衛生法の登録の人的要件(資格者)と、主要な契約が引き継げるかが企業価値の中心になる
ビルメンテナンス業の今:売上は伸び、価格転嫁も進み始めた
市場規模と売上の伸び
全国ビルメンテナンス協会は、会員企業を対象に毎年「実態調査」を行っています。最新の第56回調査(調査期間2025年10月24日〜12月5日、有効回答1,060件)の主な結果は次のとおりです。
| 指標 | 数値 | 補足 |
|---|---|---|
| 市場規模(協会の推計) | 2024年度 約5.51兆円 | 2023年度 約5.18兆円 |
| 回答企業(本社)のビルメン業務の平均売上高 | 2024年度 約19.4億円 | 2023年度 約18.6億円 |
| 平均売上高の成長率 | +4.7% | 前回調査は+4.0% |
| 2024年度の営業利益率(全社、平均) | +6.1% | 「5%以上」が37.2%、「0%未満」が9.7% |
| 2025年度の契約改定率(継続物件) | 民間10.0%/官公庁6.2% | いずれも前回調査を上回る |
| 平均募集賃金の伸び(常勤・パート) | 前年度比106〜107% | 前回調査は101〜104% |
出典:公益社団法人全国ビルメンテナンス協会「ビルメンテナンス情報年鑑2026(第56回実態調査)」。会員企業へのアンケートで、回答企業は業界の一部です。市場規模は協会が会員数をもとに拡大推計したもの
契約改定率(継続している物件の契約額が前年度から何%上がったか)は、民間で10%に達しました。協会の報告書も、物価や賃金の上昇のなかで、価格転嫁が順調に進んでいることがうかがえる結果だとしています。
ただし、同じ調査でも、規模の小さい事業者や一部の地域では、売上が減る見通しの会社の割合が全国平均より高いという結果も出ています。業界全体の数字が良くても、自社がどちらにいるかを冷静に見る必要があります。
人手不足と賃金の上昇
同じ調査で、ビルメンテナンス業の悩みごと(複数回答、本社908社)を見ると、上位は次のとおりです。
| 悩みごと | 割合 |
|---|---|
| 現場従業員が集まりにくい | 88.5% |
| 現場従業員の若返りが図りにくい | 74.1% |
| 賃金上昇が経営を圧迫している | 67.5% |
| 現場管理者が育ちにくい | 55.1% |
| 専門技術者の確保が難しい | 47.1% |
| オーナーに対して契約料金の交渉が難しくなっている | 45.0% |
| 後継者の育成が困難 | 43.9% |
出典:同上(図表3-3-1)
人件費の上昇は、公的な数字でもはっきり表れています。
- 厚生労働省によると、令和8年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で1,177円(前年度1,121円から56円引上げ)。令和8年10月1日から12月2日までの間に、都道府県ごとに順次発効します(厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました」)
- 国の施設の保全業務の積算に使われる国土交通省の建築保全業務労務単価(令和8年度)は、全国・全職種平均で19,540円、前年度比8.5%の引上げ。職種別の全国平均では、清掃員16,793円(+9.4%)、保全技師等24,787円(+7.7%)、警備員17,040円(+9.1%)です(国土交通省「令和8年4月から適用する建築保全業務労務単価について」令和8年2月17日)
厚生労働省も、ビルメンテナンス業務を発注する際には、この労務単価を使って予定価格を積算するよう各方面に求めています。公表されている単価が上がっていることは、契約単価を見直す交渉の根拠になります。
ビルメンテナンス会社の収益構造と決算書の特徴
売上の大半は人件費、粗利は「現場ごと」に決まる
ビルメンテナンス会社の売上は、清掃・設備管理・警備などの月額の業務委託契約が中心です。原価の大部分は現場で働く従業員(パートタイマーを含む)の人件費と、一部を任せる協力会社への外注費です。資機材や洗剤などの費用は、人件費に比べれば小さめです。
利益は、契約ごとに「契約金額 − 配置人数×時間×時給 − 外注費・資材費」で決まります。最低賃金が上がったのに契約金額が据え置きの現場は、そのまま赤字になります。会社全体の決算書だけを見ていると、どの現場が利益を削っているのかが分かりません。
| 項目 | 主な中身 | 決算書での見え方 |
|---|---|---|
| 売上 | 清掃・設備管理・警備などの月額契約、スポット作業(定期清掃、ガラス清掃など) | 毎月安定。スポット作業で季節的な増減 |
| 売上原価 | 現場従業員の給与・社会保険料、外注費、資機材費 | 売上の大部分。最低賃金の改定で上昇 |
| 販管費 | 営業・管理部門の人件費、事務所費、求人費 | 求人広告費が増えやすい |
| 固定資産 | 清掃機械、車両 | 製造業などに比べると小さい |
| 売掛金 | 月末締め・翌月末払いなど | 売上の1か月分以上になることが多い |
月額契約の安定性と、契約更新のリスク
月額契約が積み上がる「ストック型」のビジネスであることは、ビルメンテナンス業の大きな強みです。一方で、契約期間は1年単位のものも多く、官公庁の仕事は入札で毎年・数年ごとに取り直しになることがあります。大口の契約を一つ失うと、売上も、そこで働いていた従業員の配置も一度に変わります。
銀行はビルメンテナンス会社のどこを見るか
運転資金:給与は先、入金は後
ビルメンテナンス会社は、毎月の給与を先に払い、発注者からの委託料は月末締め・翌月末払いなどで後から入金されます。新しい現場を受注して人を増やすほど、入金前に払う給与が増え、運転資金が必要になります。賞与の時期や、社会保険料・消費税の納付月も、資金が一時的に細ります。
銀行は、売掛金の回転期間(売上の何か月分の売掛金があるか)と、主要な発注者の支払条件から、必要な運転資金の大きさを判断します。受注が増える局面では、「どの現場を、いつから、何人で始めるか」と入出金の予定を示せると、運転資金の融資や当座貸越の枠の相談が進めやすくなります(運転資金の融資はいくらが目安?、当座貸越の使い方)。
返済能力:設備が少ない分、利益の質が問われる
著書のモデルでは、債務償還年数を「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算し、10年以内を健全の目安としています。ビルメンテナンス業は大きな設備投資が少なく、減価償却費が小さいため、返済の原資はほぼ利益そのものです。人件費の上昇を価格に転嫁できず利益が薄くなると、そのまま返済能力の低下として表れます。
銀行が業界ならではのリスクとして見るのは、次のような点です。
- 取引先の集中:売上の多くを一つの発注者や一つの管理会社に頼っていないか
- 契約単価の改定状況:最低賃金の上昇に合わせて、契約金額を見直せているか
- 税金・社会保険料の納付:人件費が大きい業種ほど納付額も大きく、滞納は審査で最も厳しく見られる
- 労務管理:未払残業代や社会保険の加入漏れがないか
取引先の集中が企業価値に与える影響は、取引先の集中リスクでも解説しています。審査全体の流れは銀行融資の審査で見られるポイントも参考にしてください。
ビルメンテナンス業特有の税務・会計の論点
年間契約・前受けの収益計上
月額の委託契約は、役務を提供した月ごとに収益に計上するのが基本です。一定の期間にわたって役務を提供する契約は、提供の進み具合(多くは期間の経過)に応じて収益に計上する考え方が、法人税基本通達でも示されています(法人税基本通達2-1-21の2ほか)。年間分を前もって受け取る契約では、受け取った時点で全額を売上にせず、未経過分は前受金として翌期に回す処理になります。
消費税:給与は課税仕入れにならない
委託料は消費税の課税売上ですが、売上の大部分を占める従業員の給与は、消費税の課税仕入れになりません。そのため、売上にかかる消費税から差し引ける税額が少なく、納税額が利益に比べて大きくなりやすいのが特徴です。前年の納税額によっては中間申告・中間納付が必要になるため、納付の時期を資金繰り表に入れておきましょう(中間申告の仕組み)。
一方、協力会社への外注費は課税仕入れになります。ただし、外注先がインボイスを発行できない免税事業者の場合、仕入税額控除は経過措置の範囲でしか受けられず、その控除できる割合は段階的に縮小していきます(令和8年度の税制改正で見直しが行われています)。個人の外注先が多い会社は、登録の有無と、自社の消費税への影響を一度試算しておくことをおすすめします。
外注と雇用の線引き
清掃スタッフを「業務委託」の形で働いてもらっている場合、時間・場所・作業の方法を会社が細かく指示し、道具も会社が用意しているなど、実態が雇用と変わらなければ、外注費ではなく給与と判断されるおそれがあります。そうなると、源泉所得税の徴収漏れや、消費税の仕入税額控除の否認につながります。契約書の内容と、現場での働き方をそろえておくことが大切です(偽装フリーランスが「隠れ債務」になるリスク)。
パートタイマーの源泉所得税と年末調整
パートタイマーが多い会社では、扶養控除等申告書の提出の有無によって源泉徴収の税額表の欄(甲欄・乙欄)が変わることや、年末調整の対象者の判定に注意が必要です。人数が多い分、一つの処理の誤りが多数の従業員に影響します。
事業承継・M&A:登録の資格者と「契約」を引き継ぐ
ビルメンテナンス業は、月額契約の積み上がりと現場の従業員をまとめて引き継げるため、同業者による買収で規模を広げる動きがある業種です。中小企業のM&A全体の動きは中小企業M&Aの件数と最近の傾向で整理しています。
建築物衛生法の登録
建築物衛生法(第12条の2)では、建築物清掃業、建築物空気環境測定業、建築物空気調和用ダクト清掃業、建築物飲料水水質検査業、建築物飲料水貯水槽清掃業、建築物排水管清掃業、建築物ねずみ昆虫等防除業、建築物環境衛生総合管理業の8業種について、事業の種類と営業所ごとに都道府県知事の登録を受けることができます。登録は許可ではなく任意で、登録がなくても業務はできますが、登録証明書の有効期間は6年で、機械器具などの物的要件と、監督者などの人的要件があります(大阪府「建築物における衛生的環境の確保に関する事業の登録制度」)。
登録の有無は、発注者が業者を選ぶ際の目安になり、公共の仕事では登録が求められることもあります。承継で確認したい点を整理すると、次のとおりです。
| 論点 | 確認すること |
|---|---|
| 登録・資格 | 建築物衛生法の登録の種類と営業所、監督者など資格者が承継後も残るか。警備も行う場合は警備業の認定 |
| 契約の継続 | 主要な契約の期間・更新条件、経営者が変わったときの解約条項の有無、官公庁の入札資格 |
| 価格転嫁 | 契約ごとの単価が最低賃金の上昇に追いついているか。赤字の現場がないか |
| 労務 | 未払残業代、社会保険の加入漏れ、有給休暇の管理 |
| 外注 | 個人外注先の契約と実態、インボイスの登録状況 |
株式譲渡であれば会社は変わらないため、登録や契約は原則としてそのまま残ります。事業譲渡や会社分割では、登録を引き継ぐ会社が受け直す必要があるのが一般的で、契約も発注者の同意を得て切り替えることになります。許認可の承継の全体像は許認可はM&Aで引き継げるか、経営者が交代したときの契約の扱いはチェンジ・オブ・コントロール条項で解説しています。
また、主要な発注者との関係を社長が一人で抱えている会社は、承継後に契約が続くかを買い手が不安に感じ、評価が下がります。現場責任者・営業担当者への引き継ぎは、承継の数年前から進めておきたいところです(社長への依存が企業価値を下げる理由)。
経営者が今やっておきたいこと
- 現場(契約)ごとの損益を毎月把握し、赤字の現場を把握している
- 最低賃金の改定額と建築保全業務労務単価を根拠に、契約単価の見直しを発注者と交渉している
- 消費税・源泉所得税・社会保険料の納付資金を毎月積み立て、滞納がない
- 新しい現場の開始に合わせて、運転資金の融資枠を銀行と相談している
- 主要な発注者への売上の集中度と、契約の更新時期を一覧にしている
- 個人の外注先の契約と実態、インボイスの登録状況を点検している
- 建築物衛生法の登録の更新時期と、資格者の在籍状況を管理している
- 主要な発注者との関係を、社長以外の担当者にも引き継いでいる
同じく人件費が大部分を占める業種として、人材派遣・人材紹介業の動向と経営のポイント、建物の設備にかかわる設備工事業(電気工事・管工事)の動向と経営のポイントもあわせてご覧ください。
まとめ
ビルメンテナンス業は、月額契約が積み上がる安定したビジネスであり、業界全体の売上も伸びています。一方で、売上の大半が人件費であるため、最低賃金や労務単価の上昇を契約単価に反映できるかどうかが、利益と返済能力をそのまま左右します。現場ごとの損益を把握して交渉の根拠をつくること、給与の先払いと消費税の納付に備えた資金繰りを組むこと、そして資格者と契約を引き継げる体制を整えておくことが、銀行の評価と事業の承継の両方を支える土台になります。
税理士法人クレフティでは、代表の相亰と髙橋が構築した独自の財務設計の手法(クレフティメソッド)をもとに、現場別損益の見える化や資金繰り表の作成、運転資金の融資の相談をお手伝いしています。初回のご相談は無料です。
