人手不足が続く中で、企業の採用を支える人材派遣と人材紹介の仕事は、需要が伸び続けています。厚生労働省の最新の集計では、派遣の年間売上高は約10兆円に迫り、人材紹介の手数料収入も前年度から2割近く増えました。
一方で、人材派遣・人材紹介の会社の経営には、許可を保つための財務の基準、給与を先に払う資金繰り、消費税の大きな納税負担といった、この業界ならではの難しさがあります。この記事では、人材派遣業・人材紹介業の経営を、公的統計の数字で整理したうえで、決算書の特徴、銀行が融資で見るポイント、税務の論点、事業承継・M&Aまでを、税理士・公認会計士の立場から解説します。
- 令和6年度の派遣の年間売上高は9兆9,005億円(前年度比9.4%増)、派遣労働者は約220万人。有料職業紹介の手数料収入は約9,835億円(同17.6%増)、常用就職1件あたり約103万円
- 派遣の実績がある事業所の57.7%は派遣売上が1億円未満。小さな事業所が多い業界
- 派遣の許可には、基準資産額2,000万円×事業所数などの財産的な基準がある。赤字で純資産が減ると、許可の更新そのものが危うくなる
- 銀行は、給与の先払いと派遣料の入金のずれ(運転資金)と、消費税・社会保険料の納付が滞っていないかを見る
- 承継では、株式譲渡なら許可は残るが、事業譲渡・合併では事前に労働局への確認が必要。派遣スタッフ・登録者の情報と、主要な派遣先との契約が企業価値の中心になる
人材派遣・人材紹介業の今:需要は伸び、売上も過去最高水準
労働者派遣事業
| 指標 | 令和6年度 | 前年度比 |
|---|---|---|
| 派遣労働者数 | 約220万人(無期雇用908,956人、有期雇用1,290,683人) | 3.9%増(無期は7.9%増) |
| 派遣先件数 | 約86万件 | 7.9%増 |
| 年間売上高 | 9兆9,005億円 | 9.4%増 |
| 派遣料金(8時間換算の平均、消費税込み) | 26,257円 | 3.6%増 |
| 派遣労働者の賃金(8時間換算の平均) | 16,735円 | 3.4%増 |
| 報告を提出した事業所/派遣の実績がある事業所 | 43,812所/33,207所 | ― |
出典:厚生労働省「令和6年度 労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)」(令和8年3月31日公表)。報告対象期間の末日が令和6年4月1日〜令和7年3月31日の報告を集計したもの
派遣の売上は毎年増えており、令和2年度の7兆6,477億円から、令和6年度には9兆9,005億円まで伸びています。特に無期雇用の派遣労働者が増えているのが最近の特徴です。
同じ集計で、派遣の実績がある事業所を売上高の規模別に見ると、次のとおりです。
| 派遣の年間売上高 | 事業所数 | 割合 |
|---|---|---|
| 10億円以上 | 1,985 | 6.0% |
| 5億円〜10億円 | 2,389 | 7.2% |
| 1億円〜5億円 | 9,669 | 29.1% |
| 5,000万円〜1億円 | 4,863 | 14.6% |
| 1,000万円〜5,000万円 | 9,630 | 29.0% |
| 1,000万円未満 | 4,671 | 14.1% |
出典:同上(表5、令和6年度)。事業所単位の集計で、会社単位ではありません
売上1億円未満の事業所が57.7%を占めており、大手の一方で、地域や職種に特化した小さな派遣会社が数多くあることが分かります。
有料職業紹介事業
| 指標 | 令和6年度 | 前年度比 |
|---|---|---|
| 手数料収入(民営職業紹介全体) | 約9,835億円 | 17.6%増 |
| うち常用就職に係る手数料 | 約9,136億円 | 16.8%増 |
| 常用就職1件あたりの手数料 | 約103万円 | 10.9%増 |
| 常用就職件数(有料職業紹介) | 888,993件 | 5.3%増 |
| 報告を提出した有料職業紹介事業所/就職実績がある事業所 | 30,561所/13,946所 | ― |
出典:厚生労働省「令和6年度職業紹介事業報告書の集計結果(速報)」(令和8年3月31日公表)
就職件数の伸び(5.3%)よりも、1件あたりの手数料の伸び(10.9%)が大きいのが特徴です。採用が難しい職種ほど、紹介手数料が上がっていることがうかがえます。一方で、有料職業紹介の事業所のうち、1年間に就職実績があったのは半数に満たないことにも注意が必要です。
派遣・紹介会社の収益構造と決算書の特徴
派遣:売上の大半は「人件費」
上の統計の平均値で見ると、派遣料金(8時間換算)26,257円は消費税込みの金額なので、税抜きにすると約23,870円です。これに対して派遣労働者の賃金は16,735円で、税抜きの派遣料金のおよそ7割が、派遣スタッフの賃金にあたります(統計の平均値からの概算)。
残りの約3割から、社会保険料・労働保険料の会社負担、有給休暇の賃金、教育訓練、営業や管理の人件費、事務所の家賃などを払い、その残りが利益になります。売上は大きく見えても、手元に残る利益は売上の数パーセントということも珍しくありません。
紹介:成功報酬型で、売上が月ごとにぶれる
人材紹介は、求職者が入社したときに手数料を受け取る成功報酬型が中心です。原価のほとんどはキャリアアドバイザーなどの人件費と広告費で、粗利率は高い一方、入社の時期によって月ごとの売上が大きくぶれます。また、入社後の早期退職に備えた返金規定を設けていることが多く、売上の一部が後から戻る可能性があります。
| 項目 | 人材派遣 | 人材紹介 |
|---|---|---|
| 売上 | 派遣料金(時間単価×稼働時間)。毎月安定して発生 | 紹介手数料(成功報酬)。入社月に集中 |
| 主な費用 | 派遣スタッフの給与・社会保険料(売上の大半) | 社員の人件費、求人広告費 |
| 利益率 | 薄い | 高いが、ぶれが大きい |
| 資金繰り | 給与を先に払い、派遣料は後から入金 | 先行投資(採用・広告)の後に入金。返金リスクあり |
| 許可の財産基準 | 基準資産額2,000万円×事業所数 など | 基準資産額500万円×事業所数 など |
銀行は派遣・紹介会社のどこを見るか
許可の資産要件:純資産が「許可の存続条件」になる
労働者派遣事業の許可には、財産的な基準があります。主な内容は次のとおりです。
- 基準資産額(資産の総額から負債の総額を引いた額。繰延資産・営業権は除く)が、2,000万円×事業所数以上
- 基準資産額が、負債の総額の7分の1以上
- 自己名義の現金・預金が1,500万円×事業所数以上
出典:厚生労働省 報道発表(平成21年5月18日、許可基準の改正)、各都道府県労働局の許可申請の手引き
有料職業紹介事業でも、基準資産額が500万円×事業所数以上、現金・預金が150万円+60万円×(事業所数−1)以上といった基準があります。
これらは、許可を取るときだけでなく、許可の更新のときにも直近の決算書で確認されます。つまり、派遣会社にとって純資産は、銀行の評価だけでなく、事業を続けられるかどうかそのものに直結する数字です。赤字が続いたり、役員報酬や決算対策で利益を減らしすぎたりすると、更新の時期に基準を下回るおそれがあります。
著書の標語に「払った税金の2倍、会社は強くなる」という言葉があります。利益を出して税金を払い、純資産を積み上げることは、派遣会社にとっては特に、許可と融資の両方を守ることにつながります。純資産の考え方は純資産1億円を目指す理由でも解説しています。
運転資金:給与の先払いと、派遣料の入金のずれ
派遣会社は、派遣スタッフの給与を毎月先に払い、派遣先からの派遣料は月末締め・翌月末払いなどで後から入金されます。この入金と支払いのずれが運転資金になり、派遣スタッフが増えるほど、必要な運転資金も増えます。売上が伸びている派遣会社ほど資金が足りなくなる、という状況が起きやすいのはこのためです。
銀行は、売掛金の回転期間(売上の何か月分の売掛金があるか)と、派遣先ごとの支払条件を見て、必要な運転資金を判断します。成長局面では、短期の運転資金や当座貸越の枠を、売上の伸びに合わせて広げていく相談が中心になります(運転資金の融資はいくらが目安?、当座貸越の使い方)。
業界固有のリスク
銀行が派遣・紹介会社で特に気にするのは、次のような点です。
- 消費税・社会保険料・源泉所得税の納付が滞っていないか(人件費が大きい業種ほど、納付額も大きい)
- 特定の派遣先・紹介先への売上の集中
- 同一労働同一賃金や派遣期間の制限などの法令を守れているか(違反は許可の取消しや業務停止につながる)
- 紹介事業で、返金規定による売上の戻りや、早期退職の多さ
税金や社会保険料の滞納は、融資の審査で最も厳しく見られる点の一つです。納税証明書を求められる場面も多いため、納付を後回しにしないことが基本です。審査の流れは銀行融資の審査で見られるポイントも参考にしてください。
派遣・紹介業特有の税務・会計の論点
消費税:給与は課税仕入れにならない
派遣料金は消費税の課税売上です。一方、売上の大部分を占める派遣スタッフの給与は、雇用契約に基づく対価のため、消費税の課税仕入れになりません。その結果、売上にかかる消費税から差し引ける税額が少なく、納税額が利益に比べて大きくなるのが派遣会社の特徴です。
例えば、税抜きの派遣売上が年3億円で、その7割が給与だとすると、売上にかかる消費税は3,000万円ですが、給与2億1,000万円の分は控除できません。事務所家賃や広告費などの課税仕入れ分を差し引いても、利益を大きく上回る消費税を納めることになり得ます。
納税資金を毎月の資金繰りに組み込んでおくこと、前年の納税額に応じた中間申告・中間納付の時期を把握しておくことが欠かせません(中間申告の仕組み)。
紹介手数料の収益計上と返金規定
紹介手数料は、原則として、求職者が入社した(役務の提供が完了した)時点で収益に計上します。入社後一定期間内に退職した場合に手数料の一部を返す返金規定があっても、入社時に収益計上し、返金が生じたときに減額するのが一般的な処理です。法人税法では、返金の見込みなど変動する対価について、一定の要件のもとで見込み額を収益から控除する取扱い(法人税基本通達2-1-1の11)も設けられています。返金の実績が多い会社は、どちらの処理によるか、税理士と確認しておきましょう。
給与・社会保険の事務と源泉所得税
派遣会社は、多数の派遣スタッフの給与計算、源泉所得税の納付、年末調整、社会保険・労働保険の手続きを抱えます。登録型の派遣では、短期の就労を繰り返すスタッフも多く、扶養控除等申告書の有無による源泉徴収税額の違い(甲欄・乙欄)や、社会保険の加入要件の判定を誤りやすい点に注意が必要です。
業務委託・フリーランスとの線引き
エンジニアなどを「業務委託」の形で客先に送り出している場合、実態が派遣や雇用と変わらなければ、偽装請負として派遣法上の問題になるほか、給与と認定されて源泉所得税や消費税の処理が変わることがあります。契約書と業務の実態をそろえておきましょう(偽装フリーランスが「隠れ債務」になるリスク)。
事業承継・M&A:許可と「人のつながり」を引き継ぐ
人材派遣・人材紹介は、許可を持つ会社を買えば、許可の取得や登録者の確保にかかる時間を短縮できるため、M&Aで買い手がつきやすい業種の一つです。中小企業のM&A全体の動きは中小企業M&Aの件数と最近の傾向で整理しています。
| 論点 | 確認すること |
|---|---|
| 許可の扱い | 株式譲渡なら会社は変わらず許可は残る。事業譲渡・合併・分割では、許可が当然には引き継がれないことがあるため、事前に労働局へ確認 |
| 資産要件 | 譲渡前の配当や役員退職金で純資産が減り、基準資産額を下回らないか |
| 法令遵守 | 同一労働同一賃金(労使協定の内容)、派遣期間の制限、偽装請負の有無、過去の行政指導 |
| 人と取引先 | 派遣スタッフ・登録者の定着、営業担当者の退職リスク、主要な派遣先との契約の継続 |
| 簿外債務 | 未払残業代、社会保険の加入漏れ、消費税の滞納 |
許認可の承継の全体像は許認可はM&Aで引き継げるか、労務の調査については労務DDと未払残業代のリスクで解説しています。
派遣・紹介会社の価値の中心は、建物や設備ではなく、派遣スタッフ・登録者と派遣先とのつながり、それを支える営業担当者です。社長が主要な派遣先との関係を一人で抱えている会社は、承継の後に取引が続くかを買い手が不安に感じ、評価が下がります。営業担当者への引き継ぎと、派遣先との契約書の整備を、承継の数年前から進めておくことが大切です。
また、譲渡前に配当や役員退職金で会社の現預金を引き出すと、許可の資産要件を下回ることがあります。売り手の手取りを考える段階から、許可の基準を確認しておきましょう。
経営者が今やっておきたいこと
- 決算の前に、基準資産額・現金預金が許可の基準を満たす見込みかを確認している
- 消費税・源泉所得税・社会保険料の納付資金を毎月積み立て、滞納がない
- 派遣スタッフの増加に合わせて、運転資金の融資枠を銀行と相談している
- 派遣先ごとの支払条件と売掛金の回収状況を把握している
- 紹介事業の返金の実績と、収益計上の方法を税理士と確認している
- 業務委託で送り出している人材の契約と実態が合っているか点検している
- 同一労働同一賃金の労使協定や、派遣期間の管理を毎年見直している
- 主要な派遣先との関係を、社長以外の営業担当者にも引き継いでいる
IT人材の派遣や受託開発については受託ソフトウェア開発・ITサービス業の動向と経営のポイントもあわせてご覧ください。
まとめ
人材派遣・人材紹介は、人手不足を背景に売上が伸び続けている業界です。一方で、派遣会社にとって純資産は、銀行の評価だけでなく、許可を保つための条件でもあります。利益を出して税金を払い、純資産と現預金を積み上げること、そして給与の先払いと消費税の納税に備えた資金繰りを組むことが、成長を続けるための土台になります。
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