「会社の資金が足りないときに、自分のお金を入れてきた。決算書には役員借入金が1億円ある」。オーナー経営者には珍しくない状況です。会社の側から見れば、返済を急がない頼もしい資金ですが、オーナーの相続では、この役員借入金が額面のまま相続財産になるという問題があります。
この記事では、役員借入金が相続で問題になる理由と、解消する方法(返済、DES、疑似DES、債権放棄、贈与)の違い、DESで生じる税金、ホールディングス(HD)体制での注意点を整理します。銀行の評価と手続き、資本金の注意点はDESの実務:銀行の評価・手続き・資本金が増えすぎる注意点で取り上げます。
- 役員借入金(オーナーの会社への貸付金)は、相続では原則として額面で評価される(財産評価基本通達204)。会社が赤字でも評価は下がらない
- 解消の方法は返済・DES・疑似DES・債権放棄・贈与。どれも一長一短がある
- DESは債権を時価で受け入れる。債権の時価が額面を下回ると、会社に債務消滅益が生じる
- 債権放棄やDESで株価が上がると、ほかの株主へのみなし贈与の問題が出ることがある(相続税法9条)
- HD体制では、事業会社でDESをするとHDの100%保有が崩れる。HDを通した整理を検討する
役員借入金が相続で問題になる理由
オーナーが会社に貸したお金は、オーナーから見れば会社に対する貸付金債権です。相続では、この貸付金は元本と既経過利息の合計で評価されます(財産評価基本通達204)。回収できない部分を差し引けるのは、会社が手形交換所の取引停止処分を受けた、会社更生・民事再生の手続開始の決定があった、といった限られた場合だけです(同205)。
ここに、役員借入金の厄介な性質があります。
- 会社には返済する資金がない(だから借入金が残っている)
- それでも、相続人には額面の財産として相続税がかかる
- 自社株は類似業種比準価額などで評価を抑えられることがあるが、貸付金は額面のまま
相続税は累進課税なので、ほかの財産と合わせて課税価格が大きいと、役員借入金にも高い税率がかかります。現金がないのに相続税だけがかかる「塩漬けの財産」になりやすいのです。
解消する方法の比較
| 方法 | 内容 | 会社の税金 | オーナー・相続の効果 | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 返済 | 会社が借入金を返す(銀行から借りて返すこともある) | なし | 貸付金が現金に変わる(相続財産のまま) | 会社の資金繰り。銀行借入で返すなら返済計画が必要 |
| DES | 貸付金を会社に現物出資し、株式を受け取る | 債権の時価が額面を下回ると債務消滅益 | 貸付金が株式に変わる。株式の評価方法で評価される | 現物出資の手続き、資本金の増加、株主構成の変化 |
| 疑似DES | オーナーが金銭で増資し、会社はその資金で借入金を返す | 債務消滅益は出ない | 貸付金が株式に変わる | 払込みと返済が形だけだと、実質はDESと見られるおそれ |
| 債権放棄 | オーナーが貸付金を放棄する | 放棄額が債務免除益 | 貸付金が消える | 株価が上がると、ほかの株主へのみなし贈与 |
| 贈与 | 貸付金を後継者などに少しずつ贈与する | なし | 貸付金が受贈者に移る | 時間がかかる。受贈者に贈与税 |
DESの税金:債権は時価で受け入れる
DESでは、オーナーが会社に対する貸付金を会社に現物出資し、会社は新しい株式を発行します。このとき会社が増やす資本金等の額は、受け入れた債権の時価です(法人税法2条16号、同法施行令8条1項1号)。債権の額面と時価の差額は、会社の側で債務消滅益として益金になります。
会社が債務超過で、役員借入金の回収見込みが低ければ、債権の時価は額面を大きく下回り、債務消滅益も大きくなります。繰越欠損金があれば相殺できますが、足りなければ法人税がかかります。
債権の時価の考え方について、国税庁は、企業再生税制が適用される場面でのDESについて、債権の評価は合理的に見積もられた回収可能額に基づくのが合理的とする照会に同意した文書回答を公表しています(国税庁 文書回答事例 平成22年2月22日)。再生の場面以外でも、中小企業のDESでは、会社の財務の状況から回収可能額を見積もり、時価を説明できるようにしておく必要があります。
オーナーの側では、額面の貸付金が時価の株式に替わるだけで、額面と時価の差額を損失として使えることは通常ありません。
疑似DES
債務消滅益を避けるために実務でよく使われるのが疑似DESです。オーナーが金銭で増資の払込みをし、会社はその資金で役員借入金を返済します。現物出資ではないため、債務消滅益は生じません。
ただし、払込みと返済が同じ日に同じお金で行われるなど、実質は債権の現物出資と変わらないと見られると、DESと同じ扱いを受けるおそれがあります。増資の目的、資金の流れ、時期を説明できるようにしておきます。
ほかの株主へのみなし贈与と、行為計算否認
債務超過の会社でDESや債権放棄をすると、会社の純資産が増え、株価が上がることがあります。オーナー以外に株主(後継者など)がいると、その株主の株式の価値が増えた分は、オーナーから贈与を受けたものとみなされることがあります(相続税法9条、相続税法基本通達9-2)。
また、相続税の負担を不当に減らすことだけを目的とした同族会社の行為は、否認される可能性があります(相続税法64条)。DESや疑似DESは、会社の財務を立て直し、承継に備えるという目的とセットで行います。
M&A仲介役員・FAS出身の公認会計士の経験をもとに、株主構成の整理、株価算定、親族内承継、外部への売却とデューデリジェンスまで支援します。初回のご相談は無料です。
事業承継・M&A支援を見るHD体制での注意点
ホールディングス(HD)体制では、役員借入金がどの会社にあるかで、整理の仕方が変わります。
- 事業会社に役員借入金がある場合:事業会社でDESをすると、オーナーが事業会社の株式を直接持つことになり、HDによる100%保有が崩れます。完全子法人株式等を前提にした受取配当の全額益金不算入(法人税法23条)やグループ法人税制の扱いが変わるおそれがあり、株主構成も複雑になります
- HDに役員借入金がある場合:HDでDESをすれば、オーナーはHDの株式を受け取ります。事業会社の100%保有は保たれます
事業会社に役員借入金がある場合は、次のような整理も考えられます。
- 事業会社が金融機関から借りて役員借入金を返済し、オーナーはその資金でHDに増資する(HDの資本が厚くなり、オーナーの財産は貸付金からHD株式に替わる)
- オーナーが貸付金債権をHDに現物出資し、HDが事業会社に対する債権者になる(その後、HDと事業会社の間で整理する)
どの方法も、資金の流れ、現物出資の評価、事業会社とHDの財務への影響を、税理士と金融機関の両方と確認してから実行します。HD化による株価への影響と総則6項のリスクはHD化による株価対策と総則6項、役員借入金の整理の一般論は役員借入金の整理、銀行での見え方は役員借入金は融資でどう見られる?で解説しています。
実行のタイミング
DESや債権放棄は、会社に繰越欠損金があり、株価が低い時期に行うと、債務消滅益を欠損金で吸収でき、みなし贈与の影響も小さく抑えやすくなります。一方で、繰越欠損金には使える期限があり(青色申告の欠損金は原則10年)、業績が回復してからでは欠損金が使えなくなっていることもあります。
役員借入金は、オーナーが元気なうちでなければ整理できません。相続が近づいてから慌てないよう、決算の数字と株価を見ながら、整理の方法と時期を早めに決めておくことが大切です。
まとめ
- 役員借入金は、相続では原則として額面で評価される。会社が赤字でも評価は下がらない
- 解消の方法は返済・DES・疑似DES・債権放棄・贈与。会社の税金と相続の効果を比べて選ぶ
- DESは債権を時価で受け入れるため、債務超過の会社では債務消滅益が出る。疑似DESは形だけにしない
- 株価が上がるとほかの株主へのみなし贈与のおそれ。目的を伴わない対策は否認のリスクがある
- HD体制では、事業会社でのDESは100%保有を崩す。HDを通した整理を比べて決める
