店舗や事務所のテナントが退去するとき、内装・照明・空調・厨房設備などを「そのまま置いていくので、買い取ってほしい」と言われることがあります。法律上は造作買取請求権(借地借家法33条)という権利があり、次のテナントを居抜きで募集できるなら、オーナーにとっても悪い話ではありません。
ところが、いざ買い取ると、「この支払いは修繕費なのか、資産なのか」「耐用年数は建物と同じなのか」「テナントが免税事業者なら消費税はどうなるのか」と、税務と会計の論点が一気に出てきます。この記事では、テナント退去時の造作買取りについて、税務上の扱い(法人と個人の違い)、企業会計上の扱い、そして銀行からの見え方を整理します。
- 造作買取請求権(借地借家法33条)は、賃貸人の同意を得て付加した造作について、期間満了・解約申入れによる終了時に時価での買取りを求める権利。強行規定ではないため、契約の特約で排除できる
- オーナーが買い取った造作は新たに取得した資産。買取代金と付随費用を取得価額として計上し、減価償却する(修繕費として一括で落とすものではない)
- 設備は建物附属設備、それ以外の内装造作は原則として建物に含めて耐用年数を判断する。中古資産としての耐用年数の見積りが使えるかは個別に確認
- 消費税は課税仕入れ。テナントが免税事業者なら、令和8年10月以降は経過措置で70%の控除
- 銀行からは、現預金が固定資産に置き換わり、毎期の償却費が増える取引に見える。居抜きで空室期間が短くなるなど、収益への効果を数字で説明できるかがポイント
造作買取請求権とは|借地借家法33条の基本
まず、民事上のルールを確認しておきます。税務・会計の処理は、この権利関係を前提に組み立てるからです。
条文の要件
借地借家法33条1項は、建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合、賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了または解約の申入れによって終了するときに、賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るよう請求できると定めています。賃貸人から買い受けた造作についても同じです。
ポイントは次の3つです。
| 要件・論点 | 内容 |
|---|---|
| 対象になる造作 | 賃貸人の同意を得て付加したもの、または賃貸人から買い受けたもの |
| 請求できる場面 | 期間満了または解約申入れによる終了時 |
| 価格 | 時価 |
| 特約での排除 | 可能(同法37条の強行規定は31条・34条・35条で、33条を含まない) |
実務では「排除特約」が多い
借地借家法37条は、31条・34条・35条に反する特約で賃借人に不利なものを無効としていますが、33条は挙げていません。そのため、店舗・事務所の賃貸借契約では「賃借人は造作買取請求をしない」という特約を置くことが一般的です。
つまり、造作買取りが問題になるのは、①特約がない古い契約、②特約はあるが、オーナーが次のテナント募集のために任意で買い取る、という場面がほとんどです。どちらの場合でも、税務・会計の処理は「オーナーが造作を購入した」取引として考えます。
有益費の償還との違い
似た制度に、民法608条2項の有益費の償還があります。賃借人が建物の価値を高める支出をした場合に、賃貸借の終了時に、その価値の増加が残っていれば、賃貸人の選択で支出額か増価額を償還するというものです。造作買取りは「独立した造作を買い取る」、有益費の償還は「建物そのものに加えた改良の費用を返す」という違いがあります。どちらに当たるかで、オーナー側の処理(造作の取得か、建物への資本的支出か)の考え方も変わってくるため、合意書には何に対する支払いかを明記しておきます。
税務上の扱い|買い取った造作は「資産の取得」
取得価額に入れるもの
オーナーが造作を買い取った場合、その支払いは修繕費ではなく、減価償却資産の取得です。購入した減価償却資産の取得価額は、購入代価に、購入のために要した費用と、事業に使うために直接要した費用を加えた金額になります(法人税法施行令54条1項1号)。
| 支出 | 扱い |
|---|---|
| 造作の買取代金 | 取得価額 |
| 買取りのための査定・見積り費用(造作の取得のために要したもの) | 原則として取得価額 |
| 次のテナントに貸すための調整・補修工事 | 内容により取得価額、資本的支出、修繕費を判断 |
| 不要な造作の撤去費用 | 撤去の目的と時期による(後述) |
建物か、建物附属設備か
買い取った造作は、中身によって勘定科目と耐用年数が分かれます。
- 電気設備(照明設備を含む)、給排水・衛生設備、冷暖房設備などは建物附属設備
- 間仕切り、天井・床・壁の内装など、附属設備に当たらない内部造作は、原則として建物に含めて、建物の構造・用途に応じた耐用年数を使う(耐用年数の適用等に関する取扱通達1-2-3)
- 厨房機器のように建物から独立した設備は、器具備品などとして別に判断する
見積書が「内装一式」となっていると、この区分ができません。買取りの際は、造作の明細と金額の内訳を必ず出してもらいます。建物と附属設備の区分は建物と建物附属設備の区分で詳しく解説しています。
耐用年数:中古資産としての見積りは使えるか
テナントが使っていた造作を買い取るのですから、オーナーにとっては中古の資産を取得したことになります。中古資産は、法定耐用年数の代わりに、残りの使用可能期間を見積もる方法(見積法)や、経過年数から計算する方法(簡便法)を使える場合があります。ただし、使えるのは事業に使い始めた年度に限られ、後の年度から変更することはできません。
一方で、建物と一体になった内装造作を、建物の耐用年数で償却するのか、中古資産として耐用年数を見積もるのかは、造作の内容や、オーナーの建物との関係によって判断が分かれる論点です。中古資産の耐用年数の考え方は中古物件の減価償却と中古建物の耐用年数の事例を参考に、適用する前に顧問税理士と確認してください。
法人と個人の違い
| 論点 | 法人 | 個人(不動産所得) |
|---|---|---|
| 買取代金の扱い | 減価償却資産の取得。償却費を損金に算入 | 減価償却資産の取得。償却費を必要経費に算入 |
| 償却方法 | 建物・建物附属設備・構築物は定額法 | 同じく定額法 |
| 償却費の計上 | 損金経理した金額が償却限度額の範囲で損金(任意償却の余地あり) | 償却費は毎年必ず計算して必要経費にする(強制償却) |
| 少額の資産 | 10万円未満・20万円未満(一括償却)・中小企業者の30万円未満の特例。いずれも貸付けの用に供するものは制限あり(主要な事業として行う貸付けを除く) | 10万円未満・20万円未満(一括償却)。30万円未満の特例は青色申告の中小事業者が対象。貸付けの用に供するものの制限は同様 |
| 撤去したときの損失 | 除却損として損金 | 事業的規模なら必要経費。事業的規模でない場合は、損失を差し引く前の不動産所得の金額が限度 |
少額資産の特例と貸付用資産の制限については賃貸物件の少額減価償却資産をご覧ください。
買い取ってすぐ撤去する場合
造作を買い取ったものの、次のテナントには使えず、すぐに撤去するケースもあります。この場合、「資産として取得し、直後に除却した」と見るのか、実質的には退去を円滑に進めるための支出(立退料や原状回復の調整に近いもの)と見るのかで、処理が変わり得ます。契約の経緯、買取価格の根拠、撤去の時期を記録しておき、どちらの性格の支出かを説明できるようにしておくことが大切です。立退料の扱いは立退料を支払ったときの処理、除却損の考え方は取壊し・除却損の処理で解説しています。
テナントがグループ会社・親族の場合
テナントがオーナーの関係会社や親族の会社である場合は、買取価格が時価かどうかが特に問われます。時価より高く買い取れば、差額が寄附金や役員への経済的利益とされるおそれがあります。第三者の見積りや、造作の取得時の金額・経過年数から算定した根拠を残しておきます(関連当事者との取引)。
消費税とインボイス
造作の買取りは、テナントから資産を購入する取引なので、オーナー側では課税仕入れになります。テナント側では、造作の譲渡は課税売上です。
| 確認事項 | ポイント |
|---|---|
| テナントは適格請求書発行事業者か | 登録番号を確認し、適格請求書(インボイス)を受け取る |
| 免税事業者などからの仕入れ | 経過措置で、令和8年10月1日〜令和10年9月30日は仕入税額相当額の70%を控除 |
| 個別対応方式の区分 | 店舗・事務所として貸す建物の造作なら、課税売上(課税の賃料)に対応する仕入れ |
| 住宅部分の造作 | 住宅の貸付けは非課税なので、非課税売上に対応する仕入れになる |
経過措置の割合は、令和8年度の税制改正で見直され、令和10年10月以降は50%、令和12年10月以降は30%と段階的に縮小します。また、令和8年10月1日以後に開始する課税期間からは、一の相手方からの課税仕入れが年1億円を超える部分は経過措置の対象外になります。詳しくは免税事業者からの仕入れの経過措置をご覧ください。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る会計上の扱い|GAAPでは取得原価で固定資産に計上
企業会計では、決算書は一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って作ります。会社法431条は「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うことを求めており、法人税法22条4項も、収益・費用の額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算するとしています。中小企業では「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」が実務の拠り所です。
造作の買取りについて、会計上の考え方は税務とほぼ同じです。
- 買い取った造作は、取得原価(買取代金+付随費用)で有形固定資産(建物、建物附属設備、器具備品など)に計上する
- 経済的な使用可能期間にわたって減価償却する。中小企業では、税法の耐用年数を使うことが実務上認められている
- 使えない造作を撤去した場合は、帳簿価額を固定資産除却損として処理する
ここで注意したいのが、税務上の処理と決算書の表示区分は別の問題だという点です。たとえば撤去に伴う除却損を、販売費及び一般管理費に入れるのか、特別損失に入れるのかは、その取引が臨時的なものか、毎年のように繰り返し発生するものかという実態で判断します。テナントの入替えが日常的に発生する事業者で、毎期のように造作の買取り・撤去があるなら、それは通常の営業活動の一部です。どの区分にできるかは取引の実態次第ですから、顧問税理士・会計の専門家と検討してください。
銀行からの見え方
造作の買取りは、決算書の数字に次のような影響を与えます。
| 指標 | 影響 |
|---|---|
| 現預金・流動比率 | 買取代金の分だけ現預金が減り、流動比率が下がる |
| 固定資産 | 造作の分だけ増える(純資産は直接には変わらない) |
| 営業利益・経常利益 | 毎期の減価償却費の分だけ下がる |
| 償却前利益(キャッシュフロー) | 償却費は足し戻すので、直接の影響はない |
| 債務償還年数 | 自己資金で買い取れば、現預金の減少分だけ「借入金−現預金」が増える |
| 賃料収入・稼働率 | 居抜きで早期に入居が決まれば、空室期間の短縮と賃料の維持で改善する |
銀行の担当者が知りたいのは、「この支出で、物件の収益力がどう変わったのか」です。造作を買い取ったことで、次のテナントが居抜きで早く決まった、内装工事の負担がないぶん賃料を高めに設定できた、という効果があるなら、物件ごとの収支の資料で示しておくと評価につながります。逆に、買い取ったものの次のテナントが決まらず、結局撤去したという場合は、除却損だけが残ることになります。
減価償却費が営業利益と償却前利益にどう影響するかは減価償却と銀行の見るキャッシュフローで、物件の原状回復とリノベーションの区分は原状回復とリノベーションの違いで解説しています。
判例・裁決事例について
造作買取りを受けたオーナー側の取得価額や耐用年数について、国税不服審判所の公表裁決事例や裁判例で、本記事の論点を直接扱ったものは、今回の確認の範囲では見当たりませんでした。参考になる公表資料として、国税庁の質疑応答事例「他人の建物について行った内部造作の減価償却の方法」があります。ここでは、自己の建物について行った内部造作には当該建物の耐用年数を適用する取扱い(耐用年数の適用等に関する取扱通達1-2-3)の考え方から、他人の建物の内部造作も、建物附属設備に当たるものを除き「建物」に含まれ、耐用年数は同通達1-1-3により合理的に見積もる、と整理されています。オーナーが造作を買い取ると「自己の建物の内部造作」になるため、建物附属設備に当たらない内装は建物として扱う、という本記事の整理の根拠になります。個別の事情で判断が分かれる論点ですので、実際の処理は顧問税理士と確認してください。
実務のチェックポイント
造作の買取りに応じる前と後で、確認しておきたい項目をまとめます。
買い取る前
- 賃貸借契約に、造作買取請求権を排除する特約があるか
- その造作を付加したとき、オーナーが同意していたか(書面は残っているか)
- 次のテナントが居抜きで使える造作か。使えない造作の撤去費用はどちらの負担か
- 買取価格の根拠(見積り、取得時の金額と経過年数、第三者の査定)
- テナントが適格請求書発行事業者か、登録番号の確認
買い取るとき
- 合意書に、何に対する支払いか(造作の買取り、原状回復の免除、立退きの協力金など)を明記する
- 造作の明細と金額の内訳(建物附属設備・内装・器具備品)を出してもらう
- 適格請求書(インボイス)を受け取る
買い取った後
- 固定資産台帳に、科目・耐用年数・事業供用日を登録する(固定資産台帳の作り方)
- 中古資産の耐用年数を使う場合は、事業に使い始めた年度に適用する
- 撤去した造作は、除却の記録(写真、処分業者の伝票)を残す
- 物件ごとの収支で、空室期間・賃料への効果を銀行に説明できるようにする
まとめ
- 造作買取請求権(借地借家法33条)は、同意を得て付加した造作について、期間満了・解約申入れによる終了時に時価での買取りを求める権利。特約で排除できる
- オーナーが買い取った造作は資産の取得。買取代金と付随費用を取得価額とし、建物附属設備・建物・器具備品に区分して減価償却する
- 中古資産としての耐用年数の見積り、買ってすぐ撤去する場合の扱いは、判断が分かれる論点。事前に顧問税理士と確認する
- 消費税は課税仕入れ。テナントが免税事業者なら、令和8年10月以降は経過措置で70%
- 銀行には、現預金が造作に置き換わった取引として見える。居抜きで空室期間が短くなったなどの収益への効果を数字で示す
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