家賃の滞納が続き、催告にも応じてもらえない。賃貸経営を続けていると、最終的に明渡し訴訟や強制執行に進まざるを得ない場面があります。そこでは、弁護士費用、訴訟の費用、執行官や執行業者に支払う費用、残置物の処分費など、まとまった支出が発生します。一方で、滞納家賃や、契約解除後の賃料相当損害金、和解による解決金など、収入の側の処理も問題になります。
この記事では、明渡し訴訟・強制執行にかかるお金について、税務上の扱い(法人と個人の違い)、企業会計上の表示、銀行からの見え方の3つの観点から整理します。滞納家賃の貸倒れの要件そのものは、滞納家賃と貸倒損失の要件で詳しく扱っていますので、あわせてご覧ください。
- 賃貸業の紛争を解決するための弁護士費用・訴訟費用・執行費用は、原則として支出した期の経費。ただし、物件の取得や売却に関する紛争の費用は、取得価額や譲渡費用になる
- 立退料も同じで、賃貸を続けるための立退きは経費、取得や売却のための立退きは取得価額・譲渡費用
- 係争中の家賃は、「未払家賃の請求」なのか「契約の存否」なのかで計上時期が変わる。前者は原則どおり計上、後者は判決・和解等まで見合わせられる
- 明渡し遅延の損害金は賃料と同じ性質として、消費税では課税・非課税を家賃と同じ用途で判断する
- 銀行には、訴訟の見通し・回収見込み・敷金や保証会社による補てんを説明し、一過性の費用であることを示す
明渡しまでの流れと、かかるお金の全体像
まず、滞納から明渡しまでの一般的な流れと、それぞれの段階で動くお金を整理します。
| 段階 | 主な支出 | 主な収入・債権 |
|---|---|---|
| 督促・契約解除 | 内容証明郵便の費用、弁護士への相談料・着手金 | 未収家賃、遅延損害金の請求権 |
| 明渡し訴訟 | 訴訟費用(収入印紙・郵便切手)、弁護士の着手金・報酬 | 契約解除後の賃料相当損害金の請求権 |
| 強制執行 | 執行官への予納金、執行業者の費用(搬出・保管)、鍵の交換 | 執行費用の債務者への請求権 |
| 明渡し後 | 残置物の処分費、原状回復費、空室期間の募集費用 | 敷金との相殺、保証会社からの代位弁済、和解金 |
なお、入居者の同意なく鍵を交換したり、荷物を運び出したりする自力救済は、法的なトラブルの原因になります。費用がかかっても、訴訟と強制執行という正規の手続を踏むことが、結果として回収と税務の両面で説明しやすい形になります。
弁護士費用・訴訟費用・執行費用の税務上の扱い
原則:賃貸業の紛争を解決する費用は経費
個人の場合、所得税基本通達37-25(民事事件に関する費用)は、業務の遂行上生じた紛争や、業務の用に供している資産について生じた紛争を解決するために支出した弁護士の報酬その他の費用は、支出した日の属する年分の必要経費に算入するとしています。家賃を滞納した入居者に対する明渡し訴訟は、まさに賃貸業の遂行上生じた紛争ですので、弁護士費用、訴訟費用、執行費用は原則として必要経費になります。
法人の場合も、賃貸事業のための紛争解決費用として、債務が確定した事業年度の損金になります。
例外:取得や売却に関する紛争は資産の側に入る
同じ通達は、例外として次のようなものを挙げています。
- 取得の時点ですでに紛争が生じていた資産などについての紛争の費用で、取得費とされるもの。たとえば、現に第三者が賃借している資産を、業務に使うために第三者を立ち退かせる必要があるとして購入し、立ち退かせた場合の費用
- 譲渡所得の基因となる資産の譲渡に関する紛争の費用
つまり、滞納者が住んでいる物件を承知で買い、明渡しを実現させた費用は、経費ではなく取得価額に入る可能性があります。また、売却のために明渡しを求めた場合の費用は、譲渡所得の計算上の譲渡費用として扱われることがあります。競売物件の明渡費用の扱いは、競売物件の取得費・明渡費用の処理で詳しく解説しています。
立退料も目的で分かれる
立退料についても考え方は同じです。
| 立退料を支払う目的 | 個人 | 法人 |
|---|---|---|
| 賃貸を続けるため(滞納者や問題のある入居者の退去) | 支出した年分の不動産所得の必要経費(所得税基本通達37-23) | 損金 |
| 建物を譲渡するため、または取り壊して土地を譲渡するため | 譲渡費用 | 譲渡原価の計算に含めて検討 |
| 土地・建物を取得するため(取得時の使用者の立退き) | 取得費(取得価額) | 取得価額に算入(法人税基本通達7-3-5) |
予納金は「支払った時」ではなく「精算された時」
強制執行の申立ての際に執行官に納める予納金は、手続が終わると精算され、余った分は返還されます。支払った時点で全額を経費にするのではなく、いったん仮払金などで管理し、精算されて実際の負担額が確定した時点で経費にするのが実態に合った処理です。
法人と個人の違いのまとめ
| 項目 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 明渡し訴訟の弁護士費用 | 損金(債務確定時) | 支出した年分の必要経費(37-25) |
| 取得時から紛争のある物件の明渡費用 | 取得価額 | 取得費(37-25の例外) |
| 売却のための明渡費用・立退料 | 譲渡原価の計算に含めて検討 | 譲渡費用 |
| 強制執行の予納金 | 精算時に損金(それまでは仮払金) | 精算時に必要経費 |
| 残置物の処分費・鍵交換・原状回復 | 損金(改良部分は資本的支出) | 必要経費(改良部分は資本的支出) |
原状回復と改良の区分は、原状回復費と改装費の区分もご参照ください。
係争中の家賃・損害金・解決金はいつ収入にするか
個人:「未払家賃の請求」か「契約の存否」かで分かれる
個人の不動産所得の収入時期は、所得税基本通達36-5が定めています。原則は契約上の支払日です。そのうえで、賃貸借契約の存否の係争等に係る判決・和解等により受けることとなった既往の期間の賃貸料相当額(遅延利息その他の損害賠償金を含む)は、判決・和解等のあった日の収入とされています。
注意したいのは、この取扱いが「未払賃貸料の請求に関する係争」を除いている点です。入居者が契約の存在を争っているわけではなく、単に払っていない家賃を請求しているだけの訴訟であれば、原則どおり、支払日ごとに収入に計上します。回収できなかった分は、貸倒れの問題として処理することになります。
法人:原則は期間対応、契約の存否の係争は見合わせ可
法人は、法人税基本通達2-1-29により、家賃は原則として期間の経過に応じて益金に算入します(契約上の支払日に計上している場合も認められます)。同通達の注書きは、賃貸借契約について係争(使用料等の額の増減に関するものを除く)があるため使用料等の額が確定せず、その期に支払を受けていないときは、係争が解決して額が確定し、支払を受けることとなるまで、益金算入を見合わせることができるとしています。
一方、賃料の額の増減を争っている場合は見合わせの対象にならず、契約の内容や供託された金額などを勘案して、合理的に見積もって計上します。
判決に基づいて受け取ったお金の扱い(最高裁昭和53年2月24日判決)
係争中の賃料の収入時期については、最高裁判所の判断があります。最高裁判所第二小法廷・昭和53年2月24日判決(昭和50年(行ツ)第123号、所得税更正決定処分等取消事件)は、賃料増額請求が争われた場合の増額分の賃料について、原則として、その債権の存在を認める裁判が確定した日の属する年分の収入金額に算入すべきとしました。そのうえで、増額分の支払を命じた仮執行宣言付判決に基づいて支払を受けた金員は、判決の確定を待たず、受領した日の属する年分の収入金額に算入すべきとしています(裁判所 裁判例検索)。
この判決は賃料増額の事案についてのものですが、係争中でも、実際に受け取ったお金は受け取った年の収入になり得るという考え方は、明渡し訴訟の和解金や仮執行による回収を処理するときにも参考になります。ただし、個々の事案への当てはめは、係争の内容と受領の性質を確認したうえで判断する必要があります。
賃料相当損害金・保証会社からの代位弁済
契約を解除した後も入居者が居座っている期間について受け取る賃料相当損害金は、名目は損害賠償金でも、実質は物件を使わせたことの対価です。上記の通達36-5でも、判決・和解等により受けることとなった賃貸料相当額に損害賠償金を含めています。不動産所得の収入(法人は益金)として扱います。
家賃保証会社から代位弁済を受けた金額も、家賃の回収として収入になります。保証会社との契約や費用の処理は、家賃保証会社の保証料と代位弁済の処理で整理しています。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る消費税|居住用か事業用かで変わる
支払った費用の仕入税額控除
弁護士費用、執行業者の費用、残置物の処分費などは、消費税の課税仕入れです。ただし、課税売上割合が95%未満、または課税売上高が5億円を超える事業者が個別対応方式で計算する場合、居住用の部屋の明渡しのための費用は、非課税売上げ(住宅家賃)にのみ要するものに区分され、原則として仕入税額控除の対象になりません。店舗や事務所の明渡しのための費用であれば、課税売上げにのみ要するものとして控除の対象になります。
受け取った損害金の課税関係
損害賠償金は、原則として資産の譲渡等の対価に当たりません。しかし、消費税法基本通達5-2-5は、不動産等の明渡しの遅滞により加害者から賃貸人が収受する損害賠償金を、実質が資産の譲渡等の対価に当たるものとして例示しています。店舗・事務所であれば課税売上げ、住宅であれば住宅家賃と同じく非課税として扱うのが自然です。
貸倒れの税額控除は課税家賃だけ
回収できなかった家賃について消費税の貸倒れに係る税額控除を受けられるのは、課税売上げになる家賃(店舗・事務所など)だけです。住宅家賃は非課税ですので、対象になりません。
会計上の扱いと決算書の表示
税務上の扱いと、決算書でどの区分に表示するかは別の問題です。決算書の表示は、企業会計原則や中小企業の会計に関する指針・要領など、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って判断します。会社法431条は会社の会計を「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うものとし、法人税法22条4項も、益金・損金の額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算するとしています。
費用の表示区分
明渡しのための弁護士費用や処分費は、賃貸事業を営むうえで生じる費用ですから、通常は販売費及び一般管理費(支払報酬、修繕費、雑費など)として表示します。
相亰の著書では、決算書を整える考え方として「費用は下に」という表現を使っていますが、これは臨時・多額で、事業の通常の活動とは性質の異なる費用であれば、特別損失の区分を検討できるという意味です。訴訟費用だから特別損失にできる、というものではありません。たとえば、ある物件の問題入居者との長期の訴訟で、通常の年には生じない多額の費用が一度に発生したような場合に、取引の実態に照らして特別損失に当たるかを検討する余地がある、という程度のものです。どの区分にできるかは取引の実態次第ですので、顧問税理士・会計の専門家とご検討ください。
未収家賃と貸倒引当金
回収の見込みが立たない未収家賃をそのまま資産に載せておくと、貸借対照表が実態より良く見えてしまいます。会計上は、回収可能性に応じて貸倒引当金を設定するのが原則です。税務上の貸倒引当金の繰入れや貸倒損失の要件は会計とは別に定められていますので、税務と会計の差は申告書の別表で調整することになります。
銀行からの見え方
費用は「一過性かどうか」を見られる
明渡し訴訟の費用や空室期間の家賃の減少は、その期の営業利益や償却前利益を押し下げ、債務償還年数を悪化させます。銀行が知りたいのは、それが一過性のものか、物件や管理体制の問題が続くものかです。
- 訴訟・強制執行の経過と、明渡しの完了時期
- 敷金との相殺額、保証会社からの代位弁済額など、補てんされた金額
- 明渡し後の募集状況と、賃料の見通し
- 再発を防ぐための対応(保証会社の利用、入居審査の見直しなど)
これらを決算の説明資料や物件明細に添えておくと、一過性の要因として理解してもらいやすくなります。
長く残った未収家賃は「資産として見ない」
銀行は、決算書の未収家賃が長く残っていると、回収できない資産として実態の純資産から差し引いて評価することが少なくありません。回収の見込みがない債権を、要件を満たした時点で適切に貸倒処理しておくことは、決算書の信頼性を高めることにもつながります。銀行の格付けと決算書の関係は、不動産投資家・賃貸業の法人の銀行格付けもご覧ください。
判例・公表事例について
この記事では、係争中の賃料の収入時期について、前述の最高裁昭和53年2月24日判決を紹介しました。あわせて、国税庁の質疑応答事例では、次の点が示されています。
- 当事者間に営業上の紛争が生じ、そのために事実上回収困難になっている債権について、法人税基本通達9-6-3(一定期間取引停止後の貸倒れ)を適用して貸倒処理をすることはできない(国税庁 質疑応答事例)。係争中の滞納家賃を「取引停止後1年」の形式基準で落とすことには慎重であるべきです
- 事業に至らない規模の不動産貸付で未収家賃が回収不能となった場合、一定の金額までは、収入に計上した年分の不動産所得の計算上なかったものとみなされる(所得税法64条1項。国税庁 質疑応答事例)。その年分の不動産所得が赤字の場合には、なかったものとみなされる金額は生じないとされています
明渡し訴訟の弁護士費用そのものの必要経費性を正面から扱った公表裁決事例は、執筆時点で一次情報として確認できなかったため、紹介していません。
実務のチェックポイント
- 訴訟が「未払家賃の請求」なのか「賃貸借契約の存否」なのかを、訴状や和解条項で確認し、収入の計上時期を決める
- 物件を取得した時点ですでに滞納や占有の問題があったかを確認し、明渡費用を経費にするか取得価額にするかを判断する
- 売却を目的とした明渡しかどうかを、時系列と社内の意思決定の記録で説明できるようにしておく
- 弁護士の請求書は、着手金・報酬・実費(印紙・郵券・予納金)に分けて受け取り、予納金は精算まで仮払金で管理する
- 賃料相当損害金・和解金は、用途(住宅か店舗・事務所か)に応じて消費税の課税・非課税を区分する
- 敷金との相殺、保証会社からの代位弁済を反映したうえで、残った未収家賃の回収可能性を判断する
- 銀行には、訴訟の経過・補てん額・明渡し後の見通しを、決算の説明資料で伝える
まとめ
- 明渡し訴訟・強制執行の弁護士費用、訴訟費用、執行費用、残置物の処分費は、賃貸業の紛争を解決するための費用として、原則として支出した期の経費になる
- 取得時から紛争のある物件の明渡費用は取得価額、売却のための明渡費用や立退料は譲渡費用になるなど、紛争の目的で扱いが変わる
- 係争中の家賃は、未払家賃の請求なら原則どおり計上、契約の存否の係争なら判決・和解等まで見合わせられる。仮執行で受け取ったお金は受領時の収入になり得る
- 明渡し遅延の損害金は賃料と同じ性質として、消費税は物件の用途で判断する
- 決算書の表示区分は実態に沿って判断し、銀行には一過性の要因であることを資料で示す
税理士法人クレフティでは、代表の相亰と髙橋が構築した独自の財務設計の手法(クレフティメソッド)をもとに、賃貸経営で起きたトラブルの税務処理から、決算書の見せ方、金融機関への説明までをサポートしています。初回のご相談は無料です。詳しくは不動産投資家向けのサービスをご覧ください。
