単身の入居者が多い賃貸物件では、入居者が室内で亡くなり、発見が遅れてしまうことがあります。オーナーにとっては、まず故人とご遺族への配慮が先に立つ出来事ですが、その後には、特殊清掃や原状回復の費用、空室や賃料減額による収入の減少、保険金や相続人とのやり取りといった、お金と会計の問題が残ります。
この記事では、孤独死・事故物件で発生する費用と収入について、税務上の扱い(法人と個人の違い)、企業会計上の表示、銀行からの見え方の3つの観点から整理します。
- 特殊清掃・消臭・汚損した内装の張替えなど、元の状態に戻す費用は原則として修繕費。間取り変更やグレードアップの部分は資本的支出
- 孤独死保険などの保険金は、法人は益金。個人は原則非課税だが、必要経費を補てんする部分と家賃の補償は不動産所得の収入
- 居住用の家賃は消費税が非課税のため、特殊清掃費などの消費税は、個別対応方式では原則として控除できない
- 臨時で多額の損失を特別損失として表示できるかは、取引の実態と企業会計の基準に沿って判断する。何でも特別損失にはできない
- 銀行には、賃料減額の期間や保険での補てんを説明し、一過性の要因として理解してもらう準備をしておく
孤独死・事故物件で発生するお金の全体像
まず、どのようなお金が出ていき、どのようなお金が入ってくるのかを整理します。
| 区分 | 主な内容 | 相手先 |
|---|---|---|
| 支出 | 特殊清掃(消臭・消毒・害虫駆除) | 特殊清掃業者 |
| 支出 | 床・壁・建具などの撤去と張替え | 内装業者 |
| 支出 | 残置物(遺品)の処分 | 処分業者(相続人の了解が前提) |
| 支出 | 空室期間の広告費・AD、賃料の値下げ | 管理会社、次の入居者 |
| 収入 | 家主向け費用保険・家賃損失保険の保険金 | 保険会社 |
| 収入 | 原状回復費などの賠償金・精算金 | 相続人、連帯保証人 |
| 収入 | 敷金からの差引き | 相続人(敷金返還債務との相殺) |
賃貸借契約は、入居者が亡くなっても当然には終了せず、賃借人の地位は相続人に引き継がれます。原状回復の請求や敷金の精算、残置物の扱いは、原則として相続人との話し合いになります。相続人が相続放棄をすると、請求先が見つからず、オーナーが費用を負担することになりがちです。賃借権の相続の基本は賃借人が亡くなったときの賃貸借契約の承継で解説しています。
特殊清掃費・原状回復費は修繕費か資本的支出か
元の状態に戻す費用は修繕費
税務上、建物の通常の維持管理や、損傷した部分を元の状態に戻すための費用は修繕費です。孤独死の後に行う消臭・消毒、汚損したフローリングやクロス、畳、建具の撤去と張替えは、部屋を元の状態に戻すための支出であり、原則として修繕費として処理します。
一方、これを機に間取りを変えたり、設備を以前より高いグレードに替えたりした部分は、建物の価値を高める資本的支出です。建物や建物附属設備の取得価額に加えて、減価償却で費用化します。
| 支出の内容 | 原則的な扱い |
|---|---|
| 消臭・消毒・オゾン脱臭などの特殊清掃 | 修繕費 |
| 汚損した床材・クロス・畳の撤去と同等品での張替え | 修繕費 |
| 臭いが染みた下地材の交換(同等の材料) | 修繕費 |
| 和室を洋室に変更、間取りの変更 | 資本的支出 |
| 設備を上位グレードに入替え(同等品との差額部分) | 資本的支出 |
| 残置物の処分費(オーナーが負担したもの) | 雑費などの費用 |
工事の範囲が広いと、ひとつの見積書に原状回復とリノベーションが混ざりがちです。見積書・請求書を「原状回復」と「改良」に分けてもらうと、税務上の区分を説明しやすくなります。区分の考え方は退去時の原状回復とリノベーションの違いや、一般向けの修繕費と資本的支出の違いもご覧ください。
法人と個人の違い
| 論点 | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 修繕費の扱い | 損金 | 不動産所得の必要経費 |
| 計上する時期 | 工事が完了し、債務が確定した事業年度 | 同じく、債務が確定した年 |
| 赤字になった場合 | 繰越欠損金として翌期以降に繰越し | 事業的規模でなくても損益通算は可能(土地の借入利子部分などの例外あり) |
| 残置物の処分費 | 損金 | 必要経費 |
残置物は、本来は相続人の財産です。相続人の了解なく処分すると、トラブルの原因になります。処分の前に、相続人との合意や、国土交通省・法務省が公表している残置物の処理に関するモデル契約条項の考え方を確認し、合意の内容と費用負担を書面に残しておきます。
保険金・賠償金の処理|法人は益金、個人は補てん部分が収入
法人が受け取る保険金・賠償金
家主向けの費用保険(いわゆる孤独死保険)や、相続人・連帯保証人から受け取る原状回復費の賠償金は、法人ではすべて益金です。計上の時期は、保険会社や相続人との間で支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度が原則で、実際に受け取った事業年度に計上する処理も認められています(法人税基本通達2-1-43)。
修繕費は損害が発生した事業年度の損金にし、保険金は確定した事業年度の益金にするため、期をまたぐと、ある期は損失、次の期は利益という形になることがあります。
個人の場合は、非課税と収入の境目に注意
個人では、資産の損害に基因して受ける保険金や損害賠償金は原則として非課税です。ただし、所得税法施行令30条は、必要経費に算入される金額を補てんするための部分を非課税の範囲から除いています。特殊清掃費や原状回復費を必要経費にしたうえで、その補てんとして保険金を受け取ったときは、受取額を不動産所得の総収入金額に計上します。
また、空室期間や賃料減額による家賃の損失を補償する保険金は、所得税法施行令94条により、家賃と同じく不動産所得の収入です。
| 受け取るもの | 法人 | 個人 |
|---|---|---|
| 原状回復費を補てんする保険金 | 益金 | 不動産所得の総収入金額 |
| 家賃損失を補償する保険金 | 益金 | 不動産所得の総収入金額 |
| 相続人などからの原状回復の賠償金 | 益金 | 必要経費の補てん部分は総収入金額 |
| 敷金からの差引額 | 益金 | 不動産所得の総収入金額 |
保険金や賠償金の考え方は、入居者の過失による損傷を扱った入居者の過失による損傷の修繕と保険金・損害賠償金の処理でも詳しく解説しています。
回収できない原状回復費
相続人が相続放棄をした、連帯保証人がいない、といった理由で請求先がなく、オーナーが最終的に負担した原状回復費は、そのまま修繕費として処理します。いったん相続人への未収金として計上していた場合は、回収できないことが明らかになった時点で、貸倒れの要件を満たすかを検討します。滞納家賃と貸倒損失の要件は滞納家賃と貸倒損失の要件をご覧ください。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る消費税|居住用の部屋の特殊清掃費は原則として控除できない
課税事業者のオーナーの場合、特殊清掃費や原状回復の工事費には消費税がかかっていますが、住宅の貸付けの家賃は非課税売上です。個別対応方式では、居住用の部屋の修繕のために支払った費用は「非課税売上にのみ要するもの」に区分され、原則として仕入税額控除の対象になりません。一括比例配分方式では、課税売上割合に応じた部分だけが控除されます。
一方、保険金や、損害賠償としての性質を持つ賠償金は、資産の譲渡等の対価ではないため、消費税の対象外(不課税)です。敷金から差し引く原状回復費の扱いは、上で紹介した別記事で整理しています。店舗や事務所の区画で起きた場合は課税売上に対応するため、区分が変わります。
会計上の表示|特別損失にできるのはどんなときか
税務と会計の表示は別の問題
税務上の論点は、修繕費として損金・必要経費になるか、資本的支出になるかです。一方、決算書のどの区分に表示するか(販売費及び一般管理費か、特別損失か)は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って判断します。会社法431条は「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」に従うことを求めており、中小企業であれば「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」がその拠り所になります。
臨時・多額なら特別損失を検討する余地がある
賃貸業では、修繕費は本来、毎期発生する営業費用です。ただし、孤独死に伴う大規模な特殊清掃や原状回復のように、通常の修繕とは性質が異なり、臨時に、多額に発生した費用であれば、特別損失として表示することを検討する余地があります。対応する保険金を特別利益として表示する、という整理になる場合もあります。
著書では、PLの表示について「収益は上に、費用は下に」という考え方を紹介しています。ただし、これは取引の実態に合った区分を選ぶという意味であり、通常の退去に伴う原状回復まで特別損失に回すような処理は、実態と異なる表示になります。どの区分にできるかは取引の実態次第ですので、顧問税理士・会計の専門家と検討してください。大規模修繕と特別損失の考え方は大規模修繕費は特別損失にできるかでも整理しています。
銀行からの見え方|一過性の要因として説明する
影響が出る指標
孤独死・事故物件の影響は、銀行の評価では次のように現れます。
| 影響 | 指標への効き方 |
|---|---|
| 特殊清掃・原状回復費 | 営業利益(販管費に表示した場合)・経常利益が減る |
| 空室期間・賃料減額 | 売上高と償却前利益が減り、債務償還年数・DSCRが悪化 |
| 保険金の受取り | 表示区分によって経常利益か特別利益に反映 |
| 物件の収益力の低下 | 収益還元評価が下がり、担保評価や実質純資産に響くことがある |
債務償還年数は、著書のモデルでは「(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)」で計算します。賃料を下げた部屋が多いほど、分母の償却前利益が減り、年数が延びます。
告知の期間と賃料の見通しを説明する
国土交通省の「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」では、賃貸借取引で自然死や日常生活の中での不慮の死であっても特殊清掃などが行われた場合や、自殺・他殺などの場合、事案の発生からおおむね3年間は、宅地建物取引業者が借主に告げるべきとされています(事件性や社会的な影響が特に大きいものは別の扱い)。
この期間は賃料を下げて募集することが多いため、銀行には次の点を説明できるように準備しておきます。
- どの部屋で、いつから、いくら賃料を下げたか(物件明細・レントロールに反映)
- 告知が必要な期間の見込みと、その後に元の賃料水準へ戻す計画
- 保険金で補てんされた金額と、オーナーの実質負担額
- 原状回復で設備を更新した部分があれば、その内容
一過性の要因で、物件の収益力そのものが落ちたわけではないと伝わるかどうかで、評価は大きく変わります。物件ごとの収支や稼働率の示し方は賃貸経営のKPIも参考にしてください。
判例・裁決事例について
孤独死に伴う特殊清掃費や原状回復費の税務上の扱いそのものを正面から争った、公表された判決・裁決事例は、本記事の執筆時点では確認できませんでした。そのため本記事では、法令・通達と国土交通省のガイドラインにもとづいて整理しています。修繕費と資本的支出の区分については、原状回復とリノベーションの記事で公表裁決事例を紹介しています。
実務のチェックポイント
- 見積書・請求書を「特殊清掃」「原状回復」「改良(グレードアップ・間取り変更)」に分けてもらう
- 残置物の処分は、相続人の了解や合意の内容を書面に残してから行う
- 相続人・連帯保証人への請求額、敷金との相殺額、回収できなかった額を記録する
- 保険金の請求日・確定日・入金日を記録し、計上時期をそろえる
- 個人は、必要経費を補てんする保険金を「非課税」として申告漏れにしない
- 課税事業者は、居住用の部屋の費用を非課税売上対応として区分する
- 特別損失に表示する場合は、臨時性・金額の大きさを説明できる資料を残す
- 銀行には、賃料減額の期間と回復の見通し、保険での補てん額を物件明細で示す
まとめ
- 特殊清掃・消臭・汚損した内装の張替えなど、元の状態に戻す費用は原則として修繕費。改良部分は資本的支出
- 保険金・賠償金は、法人では益金。個人では、必要経費を補てんする部分と家賃の補償が不動産所得の収入
- 居住用の部屋の費用にかかる消費税は、個別対応方式では原則として控除できない
- 特別損失として表示できるかは、取引の実態と企業会計の基準に沿って判断する
- 銀行には、一過性の要因であることと、賃料の回復見通しを具体的に説明する
クレフティでは、税務の処理だけでなく、決算書の表示や物件明細のつくり方まで含めて、銀行に伝わる形を一緒に整えます。初回の無料相談では担当の営業担当者がお話を伺い、その後は担当税理士または金融機関出身のコンサルタントが対応します。詳しくは不動産投資家向けの税務・財務支援をご覧ください。
