歯科医院(歯科診療所)は全国に6万を超え、その多くは院長1人が診療と経営の両方を担う「中小企業」です。保険診療の報酬は国が決める公定価格で、物価や人件費が上がっても自由に値上げはできません。そこに院長の高齢化と、歯科衛生士の採用難が重なっています。
この記事では、歯科医院の経営を厚生労働省などの統計で整理したうえで、決算書の特徴、銀行が融資で見るポイント、自費診療の消費税や矯正料の計上時期など税務の論点、そして事業承継までを、税理士・公認会計士の立場から解説します。
- 歯科診療所は64,975施設(2026年7月末)で、前月から60施設減と緩やかな減少が続く。開設者は個人が46,542、医療法人が17,712で、個人開業が7割を占める
- 医療経済実態調査では、医療法人の歯科診療所の損益率は5.4%→5.5%(2023→2024年度)。日本公庫の調査(法人122社)では経常利益率の中央値は1.6%
- 2026年度の診療報酬改定は全体で本体+3.09%(2年度平均)。中心は賃上げと物価への対応で、各科改定率は歯科+0.31%
- 銀行は、ユニット台数あたりの患者数、自費診療の比率、医療機器の投資を何年で回収できるかを見る
- 診療所で働く歯科医師の平均年齢は55.2歳、70歳以上が15.6%。個人開業の承継では、開設届と保険医療機関の指定の引継ぎが鍵
歯科医院の今:施設は緩やかに減り、院長は高齢化
| 指標 | 数字 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 歯科診療所数 | 64,975施設(前月比▲60) | 厚生労働省「医療施設動態調査」(2026年7月末概数) |
| 開設者別 | 個人46,542、医療法人17,712 | 同上 |
| 届出歯科医師数 | 103,652人(前回比▲1.5%) | 厚生労働省「令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計」(2024年12月31日) |
| 診療所に従事する歯科医師 | 88,703人、平均年齢55.2歳、70歳以上13,834人(15.6%) | 同上 |
| うち開設者・法人の代表者 | 54,170人(前回比▲4.6%) | 同上 |
| うち勤務者 | 34,533人(前回比+3.1%) | 同上 |
出典:厚生労働省「医療施設動態調査(令和8年7月末概数)」、同「令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況(歯科医師)」
歯科診療所の数は、ピークを過ぎて緩やかに減っています。注目したいのは、院長(開設者・法人の代表者)が2年で4.6%減り、勤務する歯科医師が3.1%増えていることです。自ら開業するより勤務を選ぶ歯科医師が増える一方、院長の年齢は上がり続けています。診療所で働く歯科医師の平均年齢は55.2歳で、年齢層では60〜69歳が最も多くなっています。
2026年度の診療報酬改定は、全体で本体+3.09%(2026・2027年度の平均。2026年度+2.41%)と大きな引上げになりました。ただし、その多くは医療従事者の賃上げ(2年度平均+1.70%)と物価への対応に充てる前提の評価です。物価対応分のうち歯科診療所への配分は+0.02%、経営環境の悪化への緊急対応分は+0.01%で、それ以外の各科改定率は歯科+0.31%とされています。また、賃上げが実際の給与に反映されているかを確認する仕組みづくりの対象に、歯科技工所などで働く人も含まれました。
出典:厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」(2025年12月24日)
歯科医院の収益構造と決算書の特徴
医療法人の損益率は5%台、個人は院長の報酬込みで27%台
厚生労働省の医療経済実態調査は、歯科診療所の収支を開設者別に調べたものです。
| 区分 | 医業収益 2024年度 | 損益率 2023年度 | 損益率 2024年度 |
|---|---|---|---|
| 医療法人(134施設) | 1億1,735万円(+2.2%) | 5.4% | 5.5% |
| 個人(396施設) | 5,088万円(+2.5%) | 27.6% | 27.6% |
出典:厚生労働省「第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告」(2025年11月公表。損益率は新型コロナ関連の補助金を除く)
個人立の損益率が高く見えるのは、院長自身の報酬が費用に入っていないためです。調査の注記にもあるとおり、個人立の「利益」には、院長の生活費のほか、建物や設備を更新するための資金も含まれています。
同じ調査で、医療法人の歯科診療所で働く歯科衛生士の平均年収(賞与込み)は約338万円で、前年度より2.9%増えました。賃上げは避けられない一方、医業収益の伸びは2%台にとどまっています。
小規模な医療法人:中央値でも利益はわずか
日本政策金融公庫の「小企業の経営指標調査」(2025年度調査)は、公庫が融資している従業者50人未満の法人企業が対象です。
| 指標 | 歯科診療所(122社) |
|---|---|
| 売上高経常利益率(平均/中央値) | 1.6%/1.6% |
| 売上高経常利益率・償却前(平均) | 6.4% |
| 人件費対売上高比率(平均) | 51.9% |
| 損益分岐点比率(平均) | 102.0% |
| 借入金回転期間(平均) | 7.2か月 |
| 自己資本比率(平均/中央値) | 1.1%/13.1% |
出典:日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」(2025年度調査)医療・福祉
償却前の利益率が償却後より5ポイント近く高いことから、医療機器や内装の減価償却が利益を圧迫している姿が見えます。また医療法人では、院長の役員報酬をいくらにするかで法人の利益は大きく変わります。経常利益がゼロ近くでも、院長報酬を含めた稼ぐ力は十分ということもあり、決算書だけではそこが伝わりません。
銀行は歯科医院のどこを見るか
開業・設備資金:「医療機器を何年で回収できるか」
歯科医院の開業には、内装工事、歯科用ユニット、レントゲンやCT、滅菌設備、電子カルテなどで多額の資金がかかります。著書のモデルでは、債務償還年数=(借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)で、10年以内が健全、20年超は厳しいと見られます。
設備の法定耐用年数は、歯科診療用ユニットが7年です(減価償却資産の耐用年数等に関する省令 別表第一「器具及び備品」の医療機器)。機器の更新サイクルと借入期間を合わせておかないと、更新のたびに借入れが積み上がります。期間の考え方は借入期間と耐用年数の関係も参考にしてください。
運転資金:保険請求の入金は翌々月
保険診療の報酬は、月ごとにまとめて審査支払機関に請求し、入金は診療の翌々月が一般的です。開業直後や、分院を出した直後は、人件費と家賃の数か月分を運転資金として確保しておく必要があります。資金繰り表の作り方は資金繰り表の作り方で解説しています。
歯科医院に特有の審査の視点
- ユニット台数と患者数:ユニット1台あたりの1日の患者数、新患と再診の比率、キャンセル率
- 自費診療の比率:インプラント・矯正・セラミックなどの売上の割合と、その安定性
- 歯科衛生士の確保:衛生士の人数は、予防・メンテナンスの患者数の上限を決める
- 院長への依存:院長が診療できなくなると売上がほぼ止まる。勤務医の有無、団体信用生命保険などの備え
- 院長報酬と法人の利益の関係:医療法人では、院長報酬・法人の利益・個人の資産をあわせて見られる
法人の利益が院長報酬の設定で薄くなっている場合は、「院長報酬を一定額に戻したら利益はいくらか」を示すと、銀行の理解を得やすくなります。純資産がマイナスの場合の考え方は債務超過の会社は融資を受けられるかをご覧ください。
歯科医院特有の税務・会計の論点
消費税:保険診療は非課税、自費診療は課税
健康保険法などにもとづく保険診療は、患者の自己負担分も含めて消費税が非課税です。一方、インプラント、矯正、セラミックなどの自費診療、ホワイトニング、歯ブラシなどの物品販売は非課税にはならず、消費税がかかります(国税庁 No.6201 非課税となる取引)。
| 売上の種類 | 消費税 | 注意点 |
|---|---|---|
| 保険診療(自己負担分を含む) | 非課税 | 対応する材料・機器の消費税は原則として差し引けない |
| 自費診療(インプラント・矯正・セラミックなど) | 課税 | 課税売上高が1,000万円を超えると、2年後から納税義務 |
| 物品販売(歯ブラシ・ケア用品など) | 課税 | 自費診療と合わせて課税売上高を判定 |
自費診療に力を入れると、課税売上高が1,000万円を超えて消費税の納税義務が生じることがあります。料金を設定するときから、消費税込みかどうかを意識しておきましょう。設立間もない医療法人の扱いは新設法人の消費税で解説しています。
矯正料の収入計上時期は「契約の書き方」で決まる
矯正治療では、治療期間全体の基本料などを、治療開始時に一括で受け取ることがあります。国税庁の質疑応答事例では、個人の歯科医師について、契約の内容に応じて次のように整理しています(所得税法36条、所得税基本通達36-8)。
- 一定の治療を終えることに対して全額を払う契約:治療を終えた日の年分
- 期間の経過や治療の段階に応じて請求する契約:その期間を経過した日、または段階を終えた日の年分
- それ以外:支払期日の年分(期日の定めがなければ実際に受け取った日の年分。期日が治療完了後とされているものは完了した日の年分)
出典:国税庁 質疑応答事例「歯科医師が受ける矯正料等の収入計上時期」
一括で受け取ったお金を、全額その年の収入にするのか、治療の進み具合に応じて分けるのかで、各年の利益は大きく変わります。契約書や同意書の記載と、会計の処理をそろえておくことが大切です。
概算経費の特例と事業税
社会保険診療報酬が5,000万円以下で、医業などの収入の合計が7,000万円以下の場合、社会保険診療報酬に対応する経費を、実際の金額ではなく収入に応じた率(72%〜57%)で計算できる特例があります(租税特別措置法26条。医療法人は67条)。また、社会保険診療報酬に対応する所得は事業税の対象外です。制度の詳細は診療所・クリニックの動向と経営のポイントで整理しています。
概算経費で計算すると、決算書上の利益と税務上の所得がずれます。銀行は決算書と申告書の両方を見るため、差の理由を説明できるようにしておきましょう。
事業承継・M&A:個人開業の「指定」と「人」をどう引き継ぐか
診療所で働く歯科医師の平均年齢は55.2歳で、70歳以上が15.6%を占めます。子が歯科医師でない、または勤務を続けたいという理由で、勤務医や第三者への承継を検討するケースも増えています。
| 論点 | 内容 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 開設者の構成 | 個人46,542、医療法人17,712。個人開業が約7割 | 厚生労働省「医療施設動態調査」(2026年7月末概数) |
| 保険医療機関の指定 | 個人開業で開設者が変わると、開設届と指定を受け直す。要件を満たせば遡及指定。取扱いは2026年9月から見直し | 関東信越厚生局FAQ |
| 医療法人の出資持分 | 持分あり医療法人は、利益が積み上がるほど持分の評価が膨らむ | 医療法54条(剰余金の配当禁止) |
出典:関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定等について(FAQ)」
個人開業の承継:空白期間をつくらない
歯科医院は個人開業が7割を占めるため、承継の多くは事業譲渡の形になります。開設者が変われば、元の診療所はいったん廃止の扱いになり、新しい院長が開設届を出して保険医療機関の指定を受け直します。患者の診療が継続しているなどの要件を満たせば、指定日をさかのぼる遡及指定が認められますが、手続きの時期を誤ると、保険診療ができない期間が生じるおそれがあります。地方厚生局と保健所には早めに相談しましょう。
価格を左右するのは「患者」と「衛生士」
歯科医院の価値は、医療機器よりも、通い続けている患者さんと、メンテナンスを担う歯科衛生士にあります。院長が交代しても患者さんとスタッフが残るよう、一定期間は前院長が診療に関わる、スタッフに事前に説明するといった段取りが欠かせません。医療機器のリース契約や借入れを誰が引き継ぐか、テナントの賃貸借契約の名義変更ができるかも、早めに確認しておきます。
医療法人で承継する場合は、出資持分の評価と、理事長の交代が論点になります。承継の全体像は事業承継のロードマップ、許認可の扱いはM&Aでの許認可の引継ぎで解説しています。
経営者が今やっておきたいこと
- ユニット1台あたりの患者数、新患・再診の比率、キャンセル率を月ごとに把握している
- 自費診療の比率と、課税売上高(消費税の納税義務の判定)を毎年確認している
- 矯正料などを一括で受け取る場合、契約書の内容と収入の計上方法がそろっている
- 2026年度改定で新設・拡充された評価の算定状況と、賃上げの計画がつながっている
- 医療機器の更新計画を、耐用年数とリースを含めた返済額で立てている
- 医療法人の場合、院長報酬を一定とした「実態の利益」を説明できる資料がある
- 承継の時期と相手(親族・勤務医・第三者)について、候補と期限を決めている
ほかの業界の動向は、診療所・クリニックや介護事業(訪問介護・通所介護)でも解説しています。
まとめ
- 歯科診療所は約6.5万施設で緩やかに減少。院長が減り、勤務する歯科医師が増えている
- 医療法人の損益率は5%台、日本公庫の調査では経常利益率の中央値1.6%と利益は薄い
- 2026年度改定は本体+3.09%だが、中心は賃上げと物価への対応。各科改定率は歯科+0.31%
- 自費診療は消費税の課税対象。矯正料の計上時期は契約の内容で決まる
- 承継では、個人開業の保険医療機関の指定を途切れさせないことと、患者・衛生士の引継ぎが鍵
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