2026年10月26日の日本経済新聞朝刊「月曜経済観測」に、森トラストの伊達美和子社長へのインタビューが掲載されました。高級ホテルの開業が相次ぐなかで、客室単価の上昇がホテル業界全体の「投資余力」につながるという見方が示されています。
クレフティには、旅館やホテルを経営されている方、ホテルや民泊に投資している方からのご相談も多くあります。この記事では、報道の要点を整理し、訪日客と宿泊の最新の統計を確認したうえで、旅館・ホテルの経営者が値上げを再投資につなげるための資金計画、改装費用の税務(修繕費と資本的支出)、そして銀行からの見え方を解説します。
- 報道では、都心の高級ホテルで客室単価が上がり、それが中価格帯の値上げ余地と、改装・リブランディングへの再投資につながるという見方が示された。一方、建築費の上昇と工期の長期化で、新たな投資の採算は厳しくなっているとも
- 統計では、2026年9月の訪日外客数は310万3,700人(前年同月比5.0%減)。中国は44.5%減だが、韓国・台湾などは増えている。8月の客室稼働率は旅館が47.4%(前年同月差+1.7ポイント)、シティホテルは72.3%(同▲3.0ポイント)
- 値上げを「投資余力」にするには、単価×稼働率×客室数で売上を分解し、上がった利益を償却前の利益と債務償還年数で銀行に説明できるようにすることが要
- 改装費は、修繕費か資本的支出かで利益と納税額が大きく変わる。グレードアップや用途変更の部分は原則として資本的支出
- 訪日客は国・地域の構成が変わりつつあり、為替の変動も大きい。国内客との組合せと、借入れの返済期間に余裕を持たせることが大切
報道で示された内容
日本経済新聞(2026年10月26日朝刊、月曜経済観測「客単価上昇、投資余力に 森トラスト社長が見る景気」、聞き手は編集委員の大岩佐和子氏)で示された伊達社長の見方を、要点だけ整理します。
| テーマ | 報道で示された見方 |
|---|---|
| 景気の足元 | 企業業績が比較的よく投資意欲も高く、景気は全体として底堅い。都心のビジネスエリアのオフィス空室率は1%を切っている |
| 高級ホテルの需要 | 秋冬の集客は順調。中国からの訪日客は減っているが、ほかの国・地域からは増えている。東京にはまだ伸びしろがある |
| 客室単価 | 同社の都心の五つ星ホテルでは、客室平均単価10万円以上が当たり前になった。海外の高級ホテルと比べると、円安もあって日本は割安に見られている |
| 業界全体への効果 | これまでの日本のホテルは、良質な宿を安く提供して利益が蓄積せず、追加投資ができない状態が続いていた。高級ホテルが価格の頂点を引き上げることで中価格帯にも値上げの余地が生まれ、改装やリブランディング、さらなる投資につながる |
| 投資環境 | 金利よりも建築費上昇の影響が大きい。工期も延び、完成時まで需要が続くかを見通す必要がある。従来と同じホテルを同じ料金で提供するのでは投資できず、付加価値で単価を上げるか、効率的な運営でコストを抑えるかの二極化が進む |
| 課題 | 人手不足は以前より落ち着いたが、ホテルの増加に人材の確保が追いついていない。急な円高や世界経済の変調で需要が止まるリスクもあり、国内客の取り込みとオフィスへの事業分散も進めている |
| 政府目標 | 2030年に訪日客6,000万人・消費額15兆円という目標は、看板を下ろす必要はない |
出典:日本経済新聞 2026年10月26日朝刊(会員限定記事)。上の表は記事の内容を要約したもので、見方はいずれも伊達社長の発言です。
インタビューの中で特に印象的なのは、日本のホテルが「安く提供して利益が残らず、追加投資もできない」状態にあった、という指摘です。これは、ホテルや旅館の決算書を見ている立場からも、よく分かる話です。
統計で見る足元:訪日客の構成が変わり、旅館の稼働率は改善
報道の見方を、公的な統計で確認しておきます。
| 指標 | 数字 | 出典・時点 |
|---|---|---|
| 訪日外客数(2026年9月) | 310万3,700人(前年同月比▲5.0%) | 日本政府観光局「訪日外客数」(2026年10月21日公表の推計値) |
| うち中国 | 43万800人(同▲44.5%) | 同上 |
| うち韓国・台湾 | 韓国84万2,300人(同+25.6%)、台湾59万5,600人(同+13.0%) | 同上 |
| 訪日外客数(2026年1〜9月累計) | 3,073万200人(前年同期比▲2.9%) | 同上 |
| 延べ宿泊者数(2026年8月) | 6,268万人泊(前年同月比▲6.7%)。うち外国人1,264万人泊(同▲10.3%) | 観光庁「宿泊旅行統計調査」(2026年8月・第1次速報) |
| 客室稼働率(2026年8月) | 全体64.4%、旅館47.4%(前年同月差+1.7ポイント)、ビジネスホテル75.7%、シティホテル72.3%(同▲3.0ポイント) | 同上 |
| 政府目標(2030年) | 訪日外国人旅行者数6,000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円(据え置き) | 観光庁「観光立国推進基本計画(第5次)」(2026年3月、計画期間2026〜2030年度) |
出典:日本政府観光局「訪日外客数(2026年9月推計値)」、観光庁「宿泊旅行統計調査(2026年8月・第1次速報、2026年7月・第2次速報)」(2026年9月30日公表。8月分は10月30日公表予定の第2次速報で改定される可能性があります)、観光庁「観光立国推進基本計画」を閣議決定
数字からは、訪日客の総数は前年をやや下回るものの、国・地域の構成が大きく変わっていることが分かります。中国からの訪日客が大きく減る一方、韓国・台湾などは増えています。宿泊旅行統計は2026年1月分から調査の層化の基準が変わっているため、前年との比較には見直しの影響が含まれる可能性がある点にも注意が必要です。
また、8月の稼働率は施設のタイプで動きが分かれました。旅館は前年より改善し、シティホテルは低下しています。稼働率だけでなく、単価と組み合わせて見ないと、経営の実態は分からないということです。
なぜ「安売り」は再投資を止めてしまうのか
ここからは、税理士・公認会計士として、旅館・ホテルの決算書を見てきた立場からの考えです。
ホテルの売上は「単価×稼働率×客室数」
ホテル・旅館の宿泊売上は、平均客室単価(ADR)×稼働率×客室数×日数に分解できます。客室数は簡単には増やせないため、売上を伸ばす手段は単価か稼働率です。
稼働率を上げるために値下げをすると、客室の清掃やリネン、人件費などの変動費は客数に比例して増える一方、1室あたりの利益は薄くなります。結果として、忙しいのに利益が残らない状態になります。インタビューで指摘された、利益が残らず次の投資ができない状態は、決算書の上ではこの形で現れます。
再投資の原資は「償却前の利益」
改装や設備更新の原資になるのは、税引後の利益に減価償却費を足し戻した、いわゆる償却前の利益(キャッシュフロー)です。旅館・ホテルは建物と設備の比重が大きく、減価償却費も大きいため、決算書の利益が小さくても、償却前の利益では一定の返済余力があることも少なくありません。
逆に言えば、単価が上がって償却前の利益が増えれば、その分だけ借入れの返済と次の改装に回せるお金が増えます。これが「客単価の上昇が投資余力になる」という話の、決算書から見た中身です。
改装・リブランディングの税務:修繕費か資本的支出か
単価を上げるための改装は、税務と会計の扱いを事前に整理しておかないと、思わぬ納税や、銀行への説明の食い違いにつながります。
法人税の区分の基準
固定資産の修理や改装の費用は、名目ではなく実質で、修繕費(その期の損金)か資本的支出(資産に計上して減価償却)かを判断します。
| 支出の内容 | 原則的な扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 壊れた部分を元に戻す、維持管理のための支出 | 修繕費 | 法人税基本通達7-8-2 |
| 客室のグレードアップ、物理的な付加(設備の増設など) | 資本的支出 | 法人税基本通達7-8-1 |
| 用途変更のための模様替え(例:宴会場を客室に) | 資本的支出 | 同上 |
| 1つの修理・改良の金額が20万円未満、またはおおむね3年以内の周期で行うもの | 修繕費とできる | 法人税基本通達7-8-3 |
| 区分が明らかでない支出で、60万円未満または前期末取得価額のおおむね10%以下 | 修繕費とできる | 法人税基本通達7-8-4 |
| 区分が明らかでない支出(上記以外) | 継続適用を条件に、支出額の30%と前期末取得価額の10%のいずれか少ない額を修繕費、残りを資本的支出とできる | 法人税基本通達7-8-5 |
出典:国税庁 No.5402 修繕費とならないものの判定(法人税法施行令132条、法人税基本通達7-8-1〜7-8-6)
「リブランディング」のための改装は、多くの場合、内装や設備のグレードを上げて価値を高めることが目的です。その部分は、原則として資本的支出になります。修繕費と資本的支出の判断に迷う事例は、修繕費と資本的支出の判断事例で詳しく整理しています。資本的支出として計上した部分は、元の資産と同じ耐用年数で償却するのが原則です。ホテルの建物や設備の耐用年数はホテルの耐用年数と減価償却をご覧ください。個人で経営している場合も、修繕費と資本的支出の区分の考え方は基本的に同じです(所得税基本通達37-10〜37-14)。
会計の表示と銀行への説明
税務上の区分とは別に、決算書の表示は、一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)に沿って判断します。大規模な改装で、臨時かつ多額の費用として処理するものがある場合は、営業利益と分けて表示できるかを検討する余地がありますが、どの区分にできるかは取引の実態次第です(大規模修繕と特別損失)。
銀行に説明するときは、改装費のうち資産に計上した額と費用にした額、それぞれが利益にどう影響したかを示すと、償却前の利益の見方がそろいます。
代表の相亰と髙橋が、自らの不動産投資と資金調達支援の経験から構築した独自の財務設計の手法「クレフティメソッド」で、決算書・法人化・次の融資まで設計します。初回のご相談は無料です。
不動産投資家向け税務・融資支援を見る値上げを「投資余力」にするための実務の対応
| やること | 内容 | 銀行から見た意味 |
|---|---|---|
| 売上の分解 | 月ごとに客室単価・稼働率・販売室数を記録し、値上げ前後で比較する | 単価の上昇が一時的か、定着しているかを説明できる |
| 客室タイプ別の採算 | 改装した客室と改装していない客室で、単価と稼働率を比べる | 改装投資の効果を数字で示せる |
| 投資回収の試算 | 改装費÷(改装による償却前利益の増加額)で、回収年数を出す | 借入期間と回収年数が合っているかを確認できる |
| 借入期間と耐用年数 | 返済期間を、改装部分や設備の耐用年数より長くしすぎない | 償却が終わっても借入れが残る状態を避ける |
| 債務償還年数の確認 | (借入金−現預金)÷(経常利益+減価償却費−法人税等)を毎期計算する | 著書のモデルでは10年以内が健全、20年超は厳しい |
| 需要の分散 | 国・地域別、国内・訪日別の宿泊者の構成を把握し、偏りを減らす | 為替や特定の国の動きによる売上の振れを小さく説明できる |
| 人材への投資 | 賃金とバックヤードの環境改善を計画に入れる | 人手不足による稼働の制約を、銀行に先回りして説明できる |
改装の資金を借入れでまかなう場合は、借入期間の考え方を借入期間と耐用年数の関係で、所有と運営を分ける場合の判断をホテルは自社運営か賃貸かで解説しています。業界全体の動向はホテル・旅館業の動向と経営のポイントもあわせてご覧ください。
建築費の上昇は「新築より改装・既存の活用」を後押しする
インタビューでは、金利よりも建築費の上昇と工期の長期化の影響が大きいとされていました。新築は、計画から開業までの間に需要や為替が変わるリスクを抱えます。既存の施設を改装して単価を上げる、既存の建物を取得して用途を変える、といった方法は、投資額と工期を抑えやすい一方、建物の残りの耐用年数や大規模修繕の時期との兼ね合いを見る必要があります。用途変更の税務は住宅からホテルへの用途変更の税務、ホテルを取得したときの消費税はホテル取得時の消費税で解説しています。
今後も注意して見ていきたいこと
- 訪日客の構成と為替:中国からの訪日客の減少が続くか、韓国・台湾などの増加がどこまで補うか。急な円高は、海外の旅行者から見た割安感を弱めます
- 宿泊旅行統計の第2次速報:2026年8月分は10月30日に公表予定です。稼働率と宿泊者数が改定されるかを確認します
- 建築費と工期:改装を計画している場合は、見積りの有効期限と、工期中の休業による売上の減少も資金計画に入れておく必要があります
- 人件費:単価を上げた分を、賃金と職場環境の改善にどれだけ回すか。人が定着しなければ、稼働率を上げられません
- 宿泊税などの負担:宿泊税を導入・検討する自治体が増えています。料金表示や経理への影響は宿泊税・入湯税の扱いで整理しています
まとめ
- 日経の報道では、高級ホテルの単価上昇が中価格帯の値上げ余地を生み、改装・リブランディングへの再投資につながるという見方が示された。一方で建築費の上昇と工期の長期化が、投資の採算を厳しくしている
- 統計では、訪日客の総数は前年をやや下回り、中国が大きく減る一方で韓国・台湾などが増えている。8月の稼働率は旅館が改善した
- 値上げを投資余力にするには、売上を単価・稼働率・客室数に分解し、償却前の利益と債務償還年数で返済能力を示すことが要
- 改装費は、原状回復なら修繕費、グレードアップや用途変更なら原則として資本的支出。区分によって利益と納税額が変わり、銀行への説明にも影響する
- 需要の構成と為替の変動に備え、国内客との組合せと、無理のない借入期間で計画を立てたい
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